【ぶらり散歩道】 東叡山 浄名寺
【大紀元日本10月20日】JR鶯谷駅で下車して、言問い通りに架かる陸橋を渡ってだらだら坂を上って行くと、道路より一段も二段も下がった場所に寺があった。一度は通り過ぎたのだが、後ろ髪を引かれる思いがして後戻りした。ここが江戸六地蔵の六番で、旧8月15日のへちま供養には、せき、ぜんそくに効能を願う人で賑わう寺だった。
この寺は初め浄門院と言い、1666年(寛文6)に寛永寺36坊の一つとして創建された。そして1823年(享保8)に浄名院となった。表門は享保年間(1716~35)の建立と言われている(図1)。ベンチが置かれているのは、高齢の参拝者にはうれしい配慮である。
地蔵信仰の寺になったのは第38世地蔵比丘妙運和尚の代からで、25歳で日光山星宮の常観庵にこもったとき地蔵信仰を得て、1千体の石造地蔵菩薩像建立の発願をたてた。明治12年、1千体の願が満ちると、さらに8万4千体建立の大誓願に進んだ。
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