【ぶらり散歩道】ー長野篇ー 象山(ぞうざん)神社

【大紀元日本7月4日】JR長野駅からバスに乗って約30分、2012年3月31日に廃業した長野電鉄旧松代駅に着いた。ここ松代は、松代藩10万石の城下町である。木造の駅舎はバス停の待合室として残っているが、線路ははずされて見るも哀れな状態だった。駅舎の脇に、松代町出身の作曲家・草川 信作曲の「汽車ポッポ」の大きな石碑が楽譜入りで建っていた。碑の書は、私と同年代の童謡歌手・川田正子だった。この碑を見ていると、幼き日に口ずさんだメロディが口元に浮かんできた。

旧松代駅から真田公園を通り抜けて国道403号を横切ると、手入れが行き届いたとは言えない象山公園の横に出た。大きく迂回して、象山神社の正面に回った。ご祭神は、幕末の先覚者として名高い佐久間象山(1811年;文化8~1864年;元治元)である。ここ松代へ来るまでは、象山(ぞうざん)を象山(しょうざん)と誤って覚えていた。

象山は江戸木挽町に塾を開き、勝海舟、坂本竜馬、吉田松陰、橋本左内らの明治維新に活躍する英才を数多く輩出していることで知られている。また、1854年(安政元)には吉田松陰の渡航事件に連座し、投獄されている。そして、9年間松代で蟄居させられたが、そのときの住居が高義亭で、ここで高杉晋作、久坂玄瑞、中岡慎太郎らと会談したと言われている。蟄居が解かれて1年で、非業の最期を遂げた。さぞかし無念だったろうと思い黙祷した。

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