書評の「本」懐 「共産主義的人間」(林達夫著・中公文庫)

【大紀元日本8月4日】日本の学生騒動のメッカだった東大闘争が終結した1969年に、『赤頭巾ちゃん気をつけて』で芥川賞作家となった庄司薫さんが解説しています。庄司さんは林達夫さんの批評眼を、弓の名人に喩えました。本当の名人は弓矢を使わずに、目に見えない幻の矢を射る仕草をします。すると鳥は射抜かれたことも知らずに満月の彼方へと悠々と飛んでいくというのです。

林達夫さんは日本で初めて誕生した、世界大百科事典(平凡社1955~60年版)の初代編集長となった人です。外交官だったお父さんの赴任先であったシアトルで幼児期を過ごし、米人家庭教師の下で英語力を身に付けました。この異郷体験は日本に帰ってからも、林少年の中で種子のように生き続けて、発酵する時期を待っていました。「無人境のコスモポリタン」的な批評眼を林さんにもたらします。

「賢者は政治をしない」という政治への介入・・・というスタンスで政治に応接したエピクロス風・庭園学徒の生き方に倣って、『共産主義的人間』(1951年、月曜書房)を世に放ち、スターリン主義批判の根拠を誰よりも早く提示したのが林達夫さんです。スターリン死後の1956年、フルシチョフソ連共産党第一書記が第20回党大会で行ったスターリン批判演説に、5年先駆けるものでした。エピクロスが放った幻の矢は見事に、スターリンの肋骨を貫通していたのです。

ポレミック(論争的)な政治言語から全く遠ざかり、心の平安=アタラクシア(エピクロスが理想とした境地)から紡いだ言葉で、レントゲンのように独裁者・スターリンを裁断したのでした。「共産主義者というものは、一旦政権を獲得すると、それからさきは彼に反対し、彼を毀損するものは何であろうと一切許し難き犯罪であると必ず断定したがるところの人種であると。」

林達夫さんは日本の土壌で異邦人のような鑑識眼から逸れることなく、一人屹立して幻の矢を放ち続けたリベルタンでした。エピクロスの庭園を逍遥して得た、百科全書的な愉しい知の輝きを終生失うことはありませんでした。

『共産主義的人間』のエピローグは、次の一節で締めくくられています。「我々はソヴェート市民の最も怖れる秘密警察の何十万という鬼の如き手先がこれも熱烈なる共産主義的人間の一つのタイプであるという厳たる事実に深い関心を払わないわけにはいかないのである」

(一懐)
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