共産党のために書いた記者が なぜ中国を逃れたのか
1989年6月4日、血に染まった天安門の朝を目撃した大学1年生は、やがて中国共産党(中共)官製メディアの記者となり、体制の深部で軍の腐敗と臓器収奪の実態を知る。体制の「捨て駒」になることを拒み、キリスト教の伝道師として生きる道を選んだ汪勁(おう・けい)氏。過酷な弾圧と終わりのない監視を逃れ、カナダへ亡命した元記者が、人生を賭して告発する「中共の闇と失われた良心」の記録。
1989年6月4日の朝、北京・新街口。大学1年生だった汪勁氏は、とうとう家を出た。
数日前から、母親は汪勁氏と弟に「外に出てはいけない。大変なことが起きる」と言い聞かせていた。それでもその朝、汪勁氏は家族に気づかれないよう家を抜け出した。
関連記事
ルビオ米国務長官は9月10日、南米3カ国歴訪の最終地ペルーでフジモリ大統領と会談した。麻薬対策や移民、貿易に加え、中共による南米での影響力拡大への対抗姿勢を示した
中国共産党(中共)国防部は、カナダと中国共産党政府が軍事協議を再開したと発表した。これを受け、カナダ国内の中国問題専門家から懸念の声が上がっている。
米国が一部のカナダ産品に50%の追加関税を課したことを受け、サッポロビールは米国向けノンアルコールビールの生産をカナダからアメリカへ移す方針を決めた
中国企業がエクアドルに建設した水力発電所をめぐる汚職事件で、裁判所はモレノ元大統領に懲役5年を言い渡した。同発電所では1万7千か所を超える亀裂など深刻な欠陥も見つかっている