天安門からイランへ 同一の悪の論理
来月で天安門蜂起、およびその後の虐殺から37周年を迎える。この出来事はしばしば、北京で戦車の前に立ち塞がる一人の抗議者という、単一のイメージへと矮小化されがちである。
そのイメージは今も人々の記憶に残り続けている。しかし、本質への理解は残っていない。
天安門の悲劇は一つの広場に限定されたものではなく、その後に続いた暴力も同様であった。抗議活動は中国全土に広がり、体制側の対応は北京の枠を遥かに超えていた。一つの「瞬間」として記憶されてきたものは、実のところ、支配政党と自国国民との全土に及ぶ対峙であった。
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