ある認知症患者が、介護者に付き添われ車いすで診療所に入ってきました。周囲の人とまったく関わろうとせず、話しかけても反応はなく、視線を向けることもありませんでした。しかし中薬と鍼灸による治療を続けるうちに、少しずつ視線が動くようになり、医師が鍼を打つ位置を見つめるようになったのです。さらに、車いすから立ち上がり、自分でドアを開けに行く姿も見られました。ほんの小さな変化ではありますが、家族は皆とても喜びました。
また、言語中枢の損傷により発音が不明瞭だった別の患者は、鍼灸治療によって症状の悪化が止まり、最近では話す際の発音も以前よりはっきりしてきたといいます。
台湾・宜陞中医診所の院長である呉宏乾医師は、新唐人テレビの番組「健康1+1」で、こうした認知症治療の症例を紹介しています。呉医師によると、認知症の兆候を早期に発見し、食養生やマッサージ、鍼灸などを取り入れることで、脳の退化を遅らせることが期待できるといいます。
中医学の視点:認知症につながる3つの体質タイプ
西洋医学では、アルツハイマー病に代表される神経変性疾患や、脳卒中などによる血管性認知症が主な原因とされています。一方、中医学の観点から呉宏乾医師は、認知症に関係する体質を次の3つに分類しています。
- 腎虚:中医学では腎のエネルギーは骨や骨髄、そして脳を司るとされており、腎の働きが弱まると「脳髄が空虚になる」、つまり神経細胞が十分に養われず、退化が起こりやすくなります。
- 痰湿:中医学では、体内にたまった異常な代謝老廃物を痰湿と呼び、西洋医学でいう脳内のプラークのようなものと考えられ、脳の機能を妨げます。
- 血瘀:高血圧・高血糖・高脂血症など、いわゆる生活習慣病や代謝症候群と関係が深く、血流が悪くなることで脳への血液供給が不足し、脳の修復や老廃物の排出ができなくなり、結果として認知症を引き起こします。
呉医師は、これら3つの体質を改善するために、「養生スープ」と「マッサージ」という2つの方法を考案しました。
養生スープ:帝王健脳卵
「帝王健脳卵」は、子どもから高齢者まで幅広く取り入れられる養生スープで、成長期の発育促進、成人の脳の修復、老化の進行をゆるやかにする目的で用いられます。
材料:天麻10g、何首烏(ツルドクダミ)10g、クコの実10g、ナツメ8個、竜眼肉10g、黄耆10g、卵4個、水800cc
作り方:
1.薬材と卵をきれいに洗い、陶器またはガラス製の鍋に入れて水を加え、沸騰させます。金属製の鍋は薬材と反応する可能性があるため、できるだけ避けてください。
2.弱火で7〜8分ほど煮たら卵を取り出し、殻をむきます。
3.残った薬材はさらに20分ほど煮込み、その後、殻をむいた卵を加えれば完成です。
期待できる作用
卵に含まれるレシチンやDHAは脳の健康を支え、黄耆は気を補います。竜眼肉とナツメは血を養い、クコの実は腎を補って目にもよいとされています。何首烏は腎を補い、髪を黒く保つ生薬として知られ、その作用は髪や脳にまで及びます。天麻は古くから健脳薬として用いられ、現代医学の研究でも、抑うつや不安の改善、神経細胞の保護、記憶力向上、心血管・脳血管の健康に役立つ可能性が示されています。
高齢者が服用する場合は、陳皮10gとウコン5gを加えるとよいとされています。陳皮は痰湿を取り除く作用を高め、ウコンは血行促進や抗炎症作用が期待できます。ただし、腎臓病のある方は、ウコンを使用する前に必ず医師に相談するよう呉医師は注意を促しています。
なお、アルツハイマー病に対するウコンの効果については、天然のクルクミンをそのまま経口摂取しても、臨床試験では明確な有効性はまだ確認されていません。これは体内での吸収率が低いことが主な理由と考えられています。一方で、動物実験では、クルクミンが幹細胞由来のエクソソームの抗炎症作用や神経保護作用を助ける可能性が示されており、将来的なアルツハイマー病治療への希望として注目されています。
頭部と耳のマッサージ
呉医師は、認知症患者に対して鍼灸治療を行い、良好な効果を得ているといいます。昨年『補完医療ジャーナル』に発表されたレビュー論文では、鍼灸がアルツハイマー病患者の脳内炎症を軽減し、大脳皮質や海馬に蓄積するβアミロイドなどのタンパク質を減らす作用があることがまとめられています。
医師による鍼灸治療に加え、自分で頭部や耳をマッサージすることでも、脳の血流を促進し、認知症予防につなげることができます。
1.頭部マッサージ
呉医師は、毎日5か所を意識してマッサージすることをすすめています。額の中央の生え際、頭頂部の百会のツボ、耳の前上方にある側頭部、そして後頭部の出っ張りの下にある小脳付近です。
木製や竹製の丸い歯の櫛やマッサージ器を使い、軽く叩いたり梳かしたりします。前から後ろ、後ろから前へと動かし、入浴後や就寝前、起床後など、いつ行っても構いません。
2.耳のマッサージ
主に「対耳輪(脳を反映する部位)」と「耳たぶ(頭や顔を反映する部位)」を刺激します。

人差し指で対耳輪を、中指で耳たぶを押さえ、親指を後ろに添えて、時計回りまたは反時計回りに揉みほぐします。テレビを見ながらでも行え、頭部マッサージと併せて行うと効率的です。
認知症に注意が必要な10のタイプ
呉医師は、次のような人は特に認知症になりやすいため、積極的な予防が必要だと述べています。高齢者、認知症の家族歴がある人、高血圧・高血糖・高脂血症や心血管疾患のある人、頭部外傷の経験がある人、脳の変性疾患を抱える人、慢性的な不眠や睡眠の質が悪い人、うつ病の人、肥満の人、過度な飲酒をする人、そして女性です。
研究によると、45歳の女性は、将来的にアルツハイマー病を発症するリスクが、同年代の男性の約2倍にのぼります。これは、認知症リスクの高い男性は心血管疾患で早く亡くなる傾向がある一方、女性は寿命が長く、認知症を発症する年齢まで生きる可能性が高いためと考えられています。
呉医師は、良好な生活習慣を維持することが認知症予防に非常に重要だと強調します。特に高齢者には「三つの動」を意識するよう勧めています。それは、体を動かす「運動」、人と関わる「交流」、そして頭を使う「脳の活動」です。運動としては、1日5,000〜7,000歩の歩行が目安とされ、人との会話を増やし、テレビやスマートフォンばかりを見る生活は避けることが大切です。また、トランプや囲碁・将棋などの知的ゲームや、資産管理などを通じて、脳を積極的に使うことも勧められています。
食事面では、地中海式食事法を取り入れ、抗酸化作用のある野菜や果物、良質な油脂を多く摂ることで、生活習慣病や代謝症候群を防ぎ、認知症リスクを下げる効果が期待されます。今年『ネイチャー・メディシン』に発表された研究でも、地中海式食事を継続することでアルツハイマー病の予防につながり、遺伝的リスクが高い人でも発症リスクを下げられることが示されています。
さらに、体重管理も重要です。50歳時点でBMI(体格指数)が30kg/m²以上の人は、体重が標準の人に比べて、認知症のリスクが93%も高いことが研究で明らかになっています。
ご利用上の不明点は ヘルプセンター にお問い合わせください。