教育はいつ始まるのでしょうか。子どもが初めて幼稚園に行ったときでしょうか。それとも初めて本を読んだときや、深い質問をしたときでしょうか。どれも大切な場面ですが、教育はそれよりもずっと前から、すでに始まっていると私は思います。
教育とは、人を成長させ、現実の中で学びながら、体・心・精神をいきいきと育てていくことです。その成長は赤ちゃんの頃からすでに始まっており、朝日が少しずつ明るくなるように、ゆっくりと強まっていきます。つまり、子どもが初めて教科書を手にする前から、教育はすでに始まっているのです。
今の教育は、どこか流れ作業のように、勉強やスキル習得、仕事のための訓練だけが教育だと考えられがちです。もちろんそれらも大切ですが、それだけが教育のすべてではありません。
本当の教育とは、人を育てることです。体の成長だけでなく、心や感情、記憶、想像力、そして考える力までをバランスよく伸ばしていくことを指します。こうした土台づくりは、実は赤ちゃんのころの家庭生活からすでに始まっているのです。

アリストテレスは、人の知識はすべて「感じること」から始まると考えました。だから教育も、まずは体を使って周りの世界と直接ふれ合うことから始めるべきだとされています。
この考えをもとに、アメリカの教育者ジョン・シニアは、教育には三つの段階があると説明しました。どの段階も少し重なり合いながら、上へ進んでいくものです。
まず最初は「体操段階」です。この時期の子どもは、体や五感を発達させながら、まわりの世界に慣れていきます。自然の音やリズム、動きにふれながら、「聞く・見る・感じる・味わう」といった感覚を少しずつ身につけていく段階です。
次は「詩的段階」です。この時期になると、体験したことをもとに、想像力が豊かに広がっていきます。詩や歌、踊り、芸術、物語などにふれることで、子どもは偉人の活躍や自然の不思議――たとえば星の輝き――に興味を持ち、理解を深めていきます。
最後は「哲学的段階」です。この段階では、子どもは目に見えない考え方や意味について深く考え、知恵を身につけていきます。前の二つの段階で、体・感情・想像力・記憶がしっかり育っているからこそ、こうした理解ができるようになります。
また、シニア思想の専門家であり、シニアの弟子であるフランシス・ベセル神父は、著書『ジョン・シニアとリアリズムの復興』(John Senior and the Restoration of Realism)の中でこの流れをわかりやすく説明しています。体操段階は「体験から始まり、楽しさへ」、詩的段階は「楽しさから始まり、驚きへ」、そして哲学的段階は「驚きから始まり、知恵へ」と進んでいくというものです。
さらに彼は、最初の二つの段階で心がしっかり目覚めることで、はじめて本当に深い知恵を学べるようになる、とシニアの言葉を引用し、述べています。
この観点に立てば、子どもの教育における体操段階と詩的段階は、学校へ行く前からすでに始まっており、その後の学校生活を通じても継続していくことが理解できます。
この考え方から見ると、子どもの教育は学校に入る前からすでに始まっていて、その後も学校生活の中で続いていくことがわかります。
だからこそ、家庭の環境がとても大切になります。家庭は、子どもの体や感覚、想像力、感情を知らないうちに育てていく場所だからです。ベセル神父も、「人の心を形づくる最初の印象は家庭で生まれる。それが良いものであっても悪いものであっても同じだ」と述べています。またシニアは、子どもに与えるものは、健康的で美しく、心を豊かにするものであるべきだと強調しています。それは、日々目にするものや、耳にする音楽、手で触れるものすべてに関わっているのです。
では、子どもが体や感覚、想像力をしっかり育てながら成長するためには、どんな家庭環境を整えればよいのでしょうか。実は、その方法は特別なものではなく、シンプルで常識的なことばかりです。ただ、現代の生活の中では、こうした視点で家庭環境を見直す機会があまりないのが現状です。
ベセル神父は、シニアの考えをもとに、家庭づくりの具体的なポイントを示しています。
まず、家はできるだけ自然に近い環境がよいとされています。田舎でなくても、公園など自然に触れられる場所に行きやすいことが大切です。また、家の中には木の家具や手作りのものなど、自然素材でシンプルに落ち着いたものを取り入れるとよいとされています。人はもともと自然に親しみを感じるため、こうした環境は子どもが健やかに成長する助けになります。さらに、子どもが動物と触れ合い、世話をすることもすすめられています。動物との関わりは、驚きや思いやり、責任感を育ててくれるからです。遊びも同じで、自然の中で体を動かすような、積極的な活動が大切です。たとえば、外を散歩したり、絵を描いたり、運動したり、木に登ったり、秘密基地を作ったりすることが挙げられます。

一方で、子どもの想像世界は、健全な物語や人物、童謡や詩によって育まれるべきです。ロバート・ルイス・スティーヴンソンの有名な詩集の題名を借りれば、親は子どもに、自由に遊び回れる「子どもの詩の園」を用意すべきなのです。
世界の見方を形づくり、想像力を伸ばすうえで、物語や芸術ほど大きな影響を持つものはありません。そして、その入り口となるのが、親による読み聞かせです。シニアは、「学校で長年かけて読み書きを学ぶよりも、日々名作を読み聞かせることで身につく文学的な力の方が大きい。良い文章を書くためには、質の高い読書と会話が最も重要だ」と述べています。
つまり彼が伝えたいのは、芸術や手仕事、自然、物語、歌に囲まれた、豊かな家庭環境の大切さです。
幼い子どもの教育は、決して複雑ではありませんが、簡単でもありません。大切なのは、子どもが身近なもの――木や草花、鳥、水、音楽、家族、そして物語に出てくる英雄や悪者、勇気や愛、希望――に目を向け、その良さや美しさを感じられるように導くことです。そして、自然や人生から与えられた恵みを味わう力を育てることでもあります。たとえば、春先の樹液や夏の終わりの蜂蜜のように、自然の恵みを感じ取る心を育てるということです。
これは、静かで時間のかかる取り組みであり、良いものを取り入れながら、同時に悪い影響から子どもを守ることも大切です。すぐれた教育者、特に幼少期の教育においては、子どもに光を取り入れる「窓」のような存在であり、その窓が曇らないように守る役割も担っています。
しかし、これこそが教育のいちばん難しいところでもあります。たとえ相手が幼い子どもであっても、親や教育者自身が内面から変わる必要があるからです。健全で美しい環境を整えるためには、化学物質や加工食品、電子機器への依存、行き過ぎた消費、質の低い娯楽など、生活の中にある「悪い影響」を減らす努力が求められます。
つまり、子育ては尊く美しい役目であり、親にとっても子どもにとっても大切な贈り物です。確かに大変なことも多いですが、子どもの好奇心に満ちたまなざしは、疲れた親に新しい世界の見方を教えてくれます。親にとって子育ては、自分自身を成長させ、本当に大切なものに気づくきっかけでもあります。
(翻訳編集 正道勇)
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