なぜ国境管理が必要なのか
この文章を書くのは正直つらい。私自身今までずっと「国境を開くべきだ」と信じてきた。その立場を文章や講演で広めてもきた。けれど、今はその考えを完全に否定している。だからこそ、自分がなぜ考えを変えたのかを説明する責任があると思う。ここでは、現実から乖離したイデオロギーが、どれほど真面目で知的な人間をも不条理な方向へ導くのか、その一例として読んでもらえればと思う。
筆者が「国境開放」を信じるようになったのは大学時代だ。米国にはすべての人を受け入れる能力と道徳的義務があると信じていた。確かに移民の波は社会的・経済的・人口的な混乱をもたらす。だが、自由な人々と自由な制度があれば、それは乗り越えられるものだと思っていた。
自身の歴史理解もこの考えを裏づけているように見えた。歴史をたどれば、米国は移民の国であり、自分のルーツも植民地時代の初期にまでさかのぼる。祖先はテキサスに移り住み、その後のドイツ系移民の波を受け入れる道を切り開いた。19世紀後半、米国は膨大な数のアイルランド人とイタリア人を受け入れたが、1920年代初頭に国境を閉ざし、その結果は悲劇的だった。筆者には、国境を開く以外の政策を取る理由が見えなかった。
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