改良主義批判から日本への警鐘まで
袁紅氷氏が講演 天安門事件後の中国民主化の失敗 日本の中共認識の甘さに警鐘鳴らす
1989年の天安門事件は、中国の民主化運動における歴史的転機であると同時に、その限界を浮き彫りにした出来事でもある。事件から35年を経た現在、中国の民主化は進むどころか一層遠のき、共産党体制はむしろ強化された。こうした歴史の歯車がなぜ逆転したのか――。中国の著名な法学者であり、北京大学で教鞭をとった袁紅氷氏が、7月21日に東京都で行った講演で、その根本原因を「共産体制の改良主義」にあると断じ、同時に日本に対しても地政学的な覚醒を促す警告を発した。
袁氏は、1989年の民主化運動が失敗した原因を、知識人たちが民衆蜂起を導かず、共産党の自己改革に期待する「共産体制の改良主義」に囚われたことにあると分析した。1989年、趙紫陽・元中共総書記が天安門広場で学生に「我々は老いたが、君たちは若い。気をつけて」と語ったが、袁氏はその後、中国で民衆蜂起は無く、変革の機会を逃したと批判し、同時期のソ連でボリス・エリツィンが民衆を率いて、共産党に立ち向かい体制崩壊を導いた事例と対比し、改良主義の限界を強調した。
袁氏は、天安門事件後の海外民主運動が初期の勢いを失い辺縁化した原因も改良主義にあると指摘し、「中国の経済が発展し、国民一人当たりのGDPが一定水準に達すれば、中国共産党は自動的に専制を放棄する」という「経済決定論」に囚われ、共産党の体制内改革に期待したと批判した。さらに、西側左派の「宥和政策」が中共を強化し、国際資本の流入がその経済基盤を支えたというのだ。国際資本、左派政治家と中共の腐敗した官僚による利益連盟は、約3億人の農民工の過酷な労働搾取や中国の自然環境破壊、資源の無制限な採掘を代償に利益を生んできたのだ。
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