デンマークに暮らして見えた「もう一つの顔」 快適さの裏にある静かな排他性
この3か月、私はデンマークで生活してきた。本当に大好きだ。街は清潔で、自転車専用レーンは隅々まで整備されており、人々の間には公共への深い信頼が根づき、その空気はアメリカ出身の私にとっては驚きであり、心地よいものだった。 医療は「無料」、大学には奨学金制度があり、多くの市民が「政府は機能している」と感じ——こうした側面から、この国が理想化されるのも無理はなかい。
だが、滞在期間が長くなるにつれて、表面からは見えにくい「綻び」が徐々に目につくようになった。それは、ただの会話の流れや、海外の友人たちの何気ない話の中、あるいはふとした瞬間に感じる微かな違和感として現れた。 多様性や個人主義が社会の根幹にあるアメリカで育った私は、デンマークでの暮らしに安心感をもたらしているこの社会の仕組みが、何かを犠牲にして成り立っているように思えた。
2018年、デンマークは「ゲットー計画(Ghettoplanen)」として知られる法律を導入し、その後「並行社会法(Parallel Society Laws)」と改称した。これらの政策は、住民の過半数が「非西洋系」とされる地域を対象としていた。
関連記事
便利さに流されがちな現代で、私たちはお金を通して何を生かし続けたいのか。人里離れた牧場でレストランを営む著者が、中央集権的な仕組みに対抗し、個人の消費選択が地域や未来を形づくる意義を問いかける論評
1992年米大統領選でブッシュを敗北させた「不況」の虚構を検証し、実態以上に選挙を動かす経済認識の危うさを指摘。現政権下の好景気や課題を踏まえ、来る中間選挙で共和党が勝つための戦略を論じる
米経済指標の好調さとは裏腹に広がる「不況認識」。主要メディアやニュースアグリゲーターの報道バイアスが人々の心理と世論をいかに誘導しているかを検証する論評
米CDCの報告システム「V-safe」に埋もれていた、無数のワクチン被害者の生々しい手記。公衆衛生を信じながら孤立と破壊に追いやられた人々の悲痛な声と、その過酷な現実に直面した筆者の苦悩を綴った論説
米国は9月25日、パンデミックへの備えに関する国連の政治宣言への支持を拒否した。これは、トランプ政権が国際的な保健機関との関係を断つ一連の動きの最新の措置となった。