初期ルネサンス天才画家 ヒエロニムス・ボスの絵画の魅力 

ヒエロニムス・ボス(1450-1516)はルネサンス期のネーデルラントの画家で、イタリアの芸術家たちのように人体の美に拘っていないものの、上の画像の絵画、彼の代表作「快楽の園」に見られるように、彼のほぼすべての作品は、想像力にあふれたユニークなものとなっており、同時にいくらかの哲理も含まれています。例えば彼の1490年の作品である「死神と守銭奴」は道徳を語る寓話の絵などはそうです。

(ヒエロニムス・ボス「死神と守銭奴」の画像はこちらから)

生涯、富を追求してきた人が死ぬ間際になっても財宝を手放せず、死んでも死にきれません。しかし、時が来れば、誰も逆らえず、結局この人は鎧も、武器も持てず、素っ裸でベッドに横たわるしかないのです。この光景は、まるで人々に、「素っ裸でこの世に生まれたが、死ぬ時は何も持っていけない」ことを教えているようです。

全ての財産は奪ってきたものなので、守銭奴は大事に箱に入れています。この守銭奴は絵の中で2回出現しています。ベッドで横たわる裸の人と、財宝に触れ、緑の服を身にまとっている人です。

貪欲により、死ぬ間際の守銭奴はいくつもの小悪魔を招いてしまい、死神もまたドアから片足を踏み入れています。この時、守銭奴も驚き、まだ死ぬ準備ができていないので、最後の戦いになると思って戦おうとしましたが、鎧も武器もないのです。ベッドの横の小悪魔は1袋の金銭を差し出しました。しかし、寿命も健康も買えません。そして、上のほうにはこの状況を楽しそうに見つめている小悪魔がいます。

しかし、どのような結末になるかはまだ分かりません。なぜなら、裸の守銭奴の背後に天使がいて、左上の窓のイエス・キリストを見つめて、守銭奴の良心を呼び戻そうとしているからです。人生の最後で、いかなる物質も財産もすべて幻であり、死後の世界へは何も持っていけないことを気づかせようとしているのです。

ヒエロニムスはこの作品を通じて、例え人間が過ちを犯しても、慈悲な神様はその人を諦めず、最後の最後まで自分の過ちに気づき、反省することを望んでいるということを人々に伝えようとしているのではないでしょうか。
 

――正見ネットより転載
(翻訳編集 天野秀)