中国の『史記・項羽本紀』に記されたエピソードがあります。
秦の末期、項羽は激戦の末、ようやく劉邦の家臣・彭越将軍に勝ち、「外黄城(現河南省)」を攻め落としました。気性の荒い項羽は、自分に反抗した城の住民への戒めとして、15歳以上の男性を拘束し、全員生き埋めにしようと準備を進めていました。
父と兄が連れて行かれることを知った13歳の男の子は、生き埋めをやめさせようと、一人で項羽のところへ向かいました。
項羽は言いました。「子どものくせに、よくも怖がらずに一人で来たな」
男の子は、「王様は秦の国を滅ぼし、救われた国の人々は王様を父のように慕っています。僕はその中の一人として、父に会いに来たのですから、何も怖くはありません」と答えました。
項羽は、「私に逆らった者たちを生き埋めにしてはならないなら、理由を言え。言えなければ、お前も一緒に生き埋めするぞ」と声を荒げました。
男の子は冷静に言いました。「『民心を得る者は天下を得る』と昔の人は言っています。人々を生き埋めにするのは、王様にとっていとも簡単なことです。しかし、王様が人々を生き埋めにしたことが他の町に伝われば、その住民たちが一丸となって城を守ろうとするでしょう。それは、王様にとって何のメリットがありましょうか?」
しばらく考えた項羽は、男の子の意見にも一理あると思いました。彼は拘束した人を解放し、「城の人々を傷つけない」という一文を公布しました。
項羽に立ち向かった男の子は勇気と知恵をもって、自分の家族だけではなく城の人々をも救ったのです。
(翻訳編集・豊山)
ご利用上の不明点は ヘルプセンター にお問い合わせください。