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【漢詩の楽しみ】買 花(花を買う)

 帝城春欲暮、喧喧車馬度、共道牡丹時、相随買花去、貴賎無常価、酬直看花数、灼灼百朶紅、戔戔五束素、上張幄幕庇、旁織笆籬護、水洒復泥封、移来色如故、家家習為俗、人人迷不悟、有一田舎翁、偶来買花処、低頭独長嘆、此嘆無人諭、一叢深色花、十戸中人賦。

 帝城(ていじょう)春暮(く)れんと欲し、喧喧(けんけん)として車馬(しゃば)度(わた)る。共に道(い)う、牡丹(ぼたん)の時、相い随いて花を買いに去(ゆ)くと。貴賎(きせん)に常価(じょうか)無く、酬直(しゅうち)花の数を看る。灼灼(しゃくしゃく)たり百朶(ひゃくだ)の紅。戔戔(せんせん)たり五束(ごそく)の素。上(かみ)は幄幕(あくばく)を張りて庇(おお)い、旁(かたわら)は笆籬(はり)を織りて護(まも)る。水を洒(そそ)ぎ復(ま)た泥もて封(も)れば、移し来たるとも色故(もと)の如(ごと)し。家家(かか)習いて俗を為さば、人人(ひとひと)迷いて悟らず。

 一田舎翁(いちでんしゃおう)有り。偶(たまたま)花を買う処に来たれば、頭(こうべ)を低(た)れて独(ひと)り長嘆(ちょうたん)す。此の嘆(たん)人の諭(さと)る無し。一叢(いっそう)の深色の花は、十戸(じっこ)の中人(ちゅうにん)の賦(ふ)なりと。

 詩に云う。帝都・長安の春も過ぎようとする今頃、騒がしく車馬が通っていく。人は皆そろって言うのだ。「牡丹の時季だ。皆して花を買いに行こう」。牡丹には定価というものがなく、すべて変動する時価である。しかも、ひと株についている花の数によって値が決められるのだ。紅く燃えるように盛んな花を百朶もつけている株もあれば、一枝に五輪の白い花を咲かせているものもある。(大金を積んで買ってきた牡丹には)上に日よけの幕を張り、周囲に竹囲いをめぐらせて守る。水をやり、根本に泥土を盛ってやると、買ってきて移植した牡丹は、また元のように色鮮やかになるのだ。これが(金持ちの)どの家でもならわしになり、人々は牡丹に迷って夢中になるばかりで、誰もその贅沢ぶりを悟ろうとしない。

 そこへやってきたのは、一人の田舎のお爺さん。たまたま牡丹を売っている市場に至った。そこで頭を低く垂れて、長い溜め息をついたが、その溜め息のわけを知るものは誰もいなかった。「嗚呼。ここで売っている色鮮やかな牡丹ひと株の値は、中流階級の家にしたって、十戸分の税金に匹敵するだろうになあ」。

 作者の白居易(772~846)がここで描きたかったのは、季節の牡丹の美しさではない。牡丹に熱を上げる金持ちの狂態と、それを見て溜め息をつく、名も無い庶民の存在である。

 牡丹は、もちろん日本でも平安の昔から親しまれた花である。日本では、一般に「冬ぼたん」と「春ぼたん」があって、それを参観の売りにしている有料庭園も少なくない。大輪の牡丹は確かに華やかであるし、日本人が見ても美しいのは間違いない。ただ、あくまで私見だが、民族の「好み」としては日本人の嗜好とは微妙に合わないようにも思う。「華やか過ぎる」といっては、牡丹に対して言い過ぎだろうか。

 牡丹のもつ華やかさは、中国人の好みには見事なほど合致している。台湾(中華民国)の国花は梅であるし、現在の大陸中国でも牡丹を国花とする規定はないのだが「国花は牡丹です」と胸を反らしていう中国人に会ったことがある。日本人にとっての桜がそうであるように、規定を超えて「好み」は固まるのであろう。

 その中国人の、とてつもない牡丹好きの歴史は、こうした白居易の詩からも伺われる。白居易と同年代の友人であった劉禹錫(りゅううしゃく 772~842)にも「賞牡丹」という七言絶句があって、その結句は「花開時節動京城」つまり「牡丹の季節には、長安を動(ゆるが)した」である。

 詩中にもある通り、長安の高級官僚や大商人などの大金持ちは、花市にある牡丹を金に糸目をつけずに買いあさり、自邸の庭に植えてその豪奢を競った。ちなみに難関の官吏登用試験である科挙の合格発表の日、合格者は、勝手に他人の庭に入り込み、牡丹を存分に楽しんでよいことになっていた。

 ただし、庶民好きの白居易が、牡丹に狂う金持ちの贅沢ぶりに対し、辛辣な批判の目を向けていることは特筆してよい。このとき、白居易は30代半ばの若手官僚であろう。白居易の平易な表現を用いた詩文は、ときに「元軽白俗(元稹は軽く、白居易は俗っぽい)」とその詩風を酷評されたが、白居易の諷喩詩の魅力は、俗っぽさを承知で社会の急所を鋭く突いたところにある。こんな詩人がいた、と思うだけで、漢詩は実に楽しい。

(聡)

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