【紀元曙光】2021年2月10日
100年前の1921年。7月23日より「中国共産党の第1回全国代表大会が開かれた」とされる。
▼場所は上海のフランス租界にあった建物で、今日では「一大会址(イーダーホイジ)」という展示施設になっている。内部は、見せるための演出が効いた作りになっているため、史実の部分は少ないだろう。
▼だいぶ昔に、小欄の筆者もここを訪問したことがある。短期留学していた復旦大学の課外活動で、バス1台に皆が乗せられて行った。施設の職員による中国語の説明はさっぱり分からなかったし、分からなくて良かったが、ともかく「党」の誕生地がこの場所であることを熱弁していた。
▼「一大会」出席者の一人である毛沢東は、まだ湖南の複数の代表の一員に過ぎなかった。中共がその狂暴性をむき出しにするのは、毛沢東が権力を掌握する過程で、多くの党員を殺戮してきたことによる。とりわけ、40年代の延安整風における大粛清は狂気だった。
▼同じく「一大会」の出席者に、北京の代表だった張国燾(1897~1979)という人物がいた。南昌蜂起(1927)に失敗し、井崗山に立て籠もった中共が、国民党軍による包囲攻撃を脱して遠く延安まで逃げる途中、張国燾は一時、毛沢東と袂を分かって離脱するのである。その後、中共に再合流するものの、1938年に国民党へ転向。中共を除籍となったが、幸い暗殺されることなく香港へ脱出できた。
▼張国燾は長命して、カナダのトロントで死去する。祖国へ帰れなかった悲しみは大きかろうが、自らの意思で中共を捨てたことは正しい判断といってよい。
(読者の皆様へ)本コラム「紀元曙光」は今回をもって終了します。1年2か月に及ぶご愛読を賜り、誠にありがとうございました。
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