師の恩、海のように深く

【大紀元日本7月29日】

6年間の学費は、恩師が支払う

台湾・高雄市光栄国民小学校に在学していたころの呉東霖さんは、家が貧しいため、学費の支払いが出来なかった。当時、担任だった劉揚名先生は、呉さんの学費を立て替えてくれた上、わが子のように呉さんを可愛がった。先生は自分の子供に服を買うときには、必ず呉さんの分も買ってくれたという。それだけでなく、呉さんが卒業後に、大工技術を習得できるよう助けてくれた。そのお陰で、呉さんは立派に成長し、現在では室内デザイン・改装業の経営者になった。今年7月に、連邦ライオンズ・クラブの会長に就任した呉さんは、早速母校に恩返しをしようと考え、奨学金を提供することに決めた。そして、担任だった劉先生に証人として立ち会ってもらうことにした。

57歳の呉さんは自分の幼少のころのことを思い出すと、思わず涙ぐんだ。呉さんの両親は早くに離婚し、父親も子育ての責任を負わなかったため、7人の兄妹は祖母が家政婦をして育ててくれたという。一家は3坪しかない小さな部屋に住んでおり、呉さんは部屋があまりにも狭すぎたため、夏はよく廊下で寝たという。

奨学金提供、母校へ恩返し

小学校時代、呉さんは学費を払う余裕はまったくなく、6年間、学費は1銭も支払っておらず、すべて担任の劉先生が払ってくれたという。それだけでなく、学校卒業後に、木材工場での見習いの仕事も斡旋してくれたお陰で、手に職をつけることができたという。呉さんは軍隊服役終了後、台北へ出ていった。そして、高雄市に戻るたびに必ず先生を訪問し、二人は師弟関係から、もはや親子関係になっていた。

呉さんは先生をがっかりさせなかった。彼は一生懸命働き、やがて室内デザイン・改装業の会社を興して成功させ、数年前にはレストラン関係の事業も手がけ、精彩に富むビジネスを繰り広げた。今年7月、連邦ライオンズ・クラブの会長に選ばれた呉さんは、真っ先に社会に恩返ししようと考えた。劉先生への感謝の気持ちを持ち続けていた呉さんは、迷うことなく、自分を育ててくれた母校に奨学金を提供することにした。

数日前、呉さんは、母校に対して、すでに定年退職して20年になる劉先生も招待したいと申し出た。呉さんは劉先生の目の前で、20万元の小切手を校長先生に手渡し、みんなの前で、劉先生に対して、「先生がいなければ、今の僕はありません」と感謝の言葉を述べた。その場にいた全員が、42年間にわたる師弟のますます深くなる愛情に感銘した。

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