中共元首相 朱鎔基が死去 江沢民との確執も長年注目
中国共産党(中共)の元国務院総理、朱鎔基が8月12日、北京で死去した。98歳だった。朱鎔基は1991年から2003年までの10年以上にわたり、国務院副総理、総理を歴任した。当時の中共トップ、江沢民との政策や権力をめぐる確執は、長年注目を集めた。
公開資料によると、朱鎔基は1928年、湖南省長沙市に生まれ、幼くして両親を亡くした。清華大学電機系の電機製造専攻を卒業した。かつて国家計画委員会で若くして副処長を務めたが、1958年の政治運動で「右派分子」とされ、党籍を剥奪された。後に記者から20年に及んだ「右派」としての経験について尋ねられた際、低い声で「このことはもう話したくない」と答えた。
文化大革命の終結後、朱鎔基は1983年に国家経済委員会副主任に就任した。1987年から中共上海市委員会副書記、上海市長を務めた。江沢民が1989年に中共党首に就任すると、朱鎔基は中共上海市委員会書記を務め、市長も兼任した。1991年4月、鄧小平の強い後押しを受けて国務院副総理に就任。その後、政治局常務委員、常務副総理を歴任し、一時は中国人民銀行総裁も兼任した。
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