経済学の父アダム・スミスが忘れていた「防衛」という視点
アダム・スミスの「国富論」は今年で出版250周年を迎えるが、今なお社会経済的な議論において重要な位置を占めている。スミスは自由貿易の利点を信奉し、重商主義を批判した。重商主義とは、当時流行していた、輸出を促進し、輸入を抑制し、その輸出余剰から得られる貴金属を蓄蔵するという考え方である。スミスの見解では、重商主義は決して普遍的な繁栄への道ではなかった。
後年のノーベル経済学賞受賞者、ミルトン・フリードマンも同じ考えを痛烈に表現している。1978年の大学での講演を引用すればこうだ。「対外貿易による利益とは、我々が輸入するものである。輸出とは、それらの輸入品を手に入れるためのコストである。アダム・スミスが述べたように、国家にとっての適切な目標は、できるだけ少ない輸出で、できるだけ多くの輸入を確保できるように物事を整えることである」
このフリードマンの論理構成は、極めて合理的だ。貿易とは定義上、交換の場であり、その目的は欲しい輸入品をできるだけ少ない輸出で手に入れることにあるはずだ。その意味で、輸入よりも多くの輸出を求めることは直感に反するように思える。
関連記事
UNRWAの浸透問題と対イスラエル偏重の決議、過去の不祥事が示す国連の構造的な不信。責任はなぜ上層部に届かないのか。
倒産寸前のセラミックス工場から2つの世界的大企業を創り上げ、78歳で日航(JAL)再建を果たした稲盛和夫。「人間として何が正しいか」を問い続け、生涯をかけて体現した「敬天愛人」の真諦に迫る
『論語』学而篇から治国の本質を解き明かす。晏嬰の信義、漢文帝の節約、召公の愛民という歴史的逸話を通じ、真の善政とは「無事」を極めることにあると提示。時代を超えて響く孔子の徳治思想を紐解く
東京の片隅にある8席のラーメン店。効率や規模拡大を追う現代で、「この一杯しか作れない」と職人が一生をかけて紡ぐ静かな境地とは。稲盛和夫の「敬天愛人」や儒教の「智」を通じ、真の豊かさを問う
『論語』学而篇(四)を解説。「吾日三省吾身」に秘められた内修の天機と、古代教育における「修徳開智」の本質を読み解く。単なる教訓を超え、偽善を排して真の「忠・信」を実践するための指南書となる一文