霜降が過ぎると、空気が冷たくなり、湿気も増えてきます。季節の変わり目である秋の終わりの「土用」の時期は、とくに肺と胃腸(脾)が弱りやすい時期です。
肺は呼吸や体のエネルギーをつかさどりますが、冷えを嫌います。胃腸は食べ物を消化して栄養に変える働きを持ちますが、湿気に弱いです。冷えと湿気が重なると、胸の重苦しさや咳、痰、食欲不振、体のだるさなどが起こりやすくなります。
昔の人たちは、自然の変化と体の反応をよく観察していました。そして季節が入れ替わる前の18日間は「土の気」が強くなり、湿気が胃腸を傷めやすいことを知っていました。そのため、この時期に体を整えるための食事や生活法が生まれ、「土用の養生」という考え方ができたのです。
「土用」の意味と五行の知恵
「土用」という言葉は、中国の古い医学書『黄帝内経』に書かれている「五行」の考え方から来ています。五行とは、自然のすべてを「木・火・土・金・水」の5つの性質で表すもので、木は春、火は夏、金は秋、水は冬を表し、土は季節の変わり目をつなぐ役割を持っています。
つまり、それぞれの季節の最後の18日間は「土」のエネルギーが強くなり、次の季節に移るための準備期間とされているのです。この18日間を「土用」と呼びます。
自然界では「土」がすべてを支え、変化させる役目を持っていますが、人の体の中では「脾」、つまり胃腸がその役割をしています。脾は「後天の本」と呼ばれ、食べたものをエネルギーと血に変える源です。ですから、『内経』にも「脾は命のもとであり、気と血を生み出す源」と書かれています。
また、五行の理論では「土は金を生む」とされ、脾(土)は肺(金)を助ける関係にあります。つまり、胃腸が元気なら肺も健康に、胃腸が弱ると肺も弱くなるということです。このため、季節の変わり目には胃腸を整えることが、肺の健康を守ることにもつながります。
日本に伝わった「土用」の文化と食養生
この「土用」という考え方は、唐の時代に中国から日本へ伝わりました。そして今でも日本の暦には、春・夏・秋・冬の間にそれぞれ「土用」の期間が記されています。
日本でもこの時期には「土用の養生」「土用の食養」といって、体を温め、気力を補う食事や生活を大切にしてきました。無理をせず、食べすぎや冷えを避け、自然の流れに合わせて体を整えることがポイントです。

有名な「土用の丑の日にうなぎを食べる」習慣も、もともとはこの考え方から生まれたものです。これは中国の「長い夏の湿気と暑さは胃腸を弱らせる」という教えに基づき、うなぎで体を温めて元気を補うという意味があったのです。
実は、日本の伝統的な食文化の中には、こうした古代中国の五行思想に基づく健康の知恵が今も息づいています。
秋の終わり「土用」の気候と体の整え方― 冷えと湿気に負けない、脾と肺を守る食養生
秋の最後の節気は「霜降」です。そして、その3日前から始まるのが「秋の土用」の時期です。今年の場合は10月20日から始まり、霜降までの約18日間がちょうどこの「秋の土用」にあたります。
この時期は、大地の気が固まり、陽の気(体を温めるエネルギー)が内にこもり始めます。空気は湿り気を帯びて冷たく、体の中の陽気も同じように縮こまりやすくなります。
東洋医学では、「寒さと湿気は陰の邪気」とされ、特に脾(胃腸)の陽気を傷めやすいと考えられています。脾の陽気とは、食べたものをエネルギーに変えるための「消化の力」のこと。これが弱まると、食べ物がうまく消化できず、胃が重くなったり、食欲が落ちたりします。その結果、体の中に「痰湿」と呼ばれる余分な水分や老廃物がたまり、それがさらに肺に影響して咳や痰、息切れ、だるさなどを引き起こします。
そのため、この時期に大切なのは次の3つです。
1. 胃腸を元気にして湿気を取り除くこと(健脾祛湿)
2. 体を温めて肺を守ること(温陽護肺)
3. 冷たい食べ物を控え、体を温める食材を選ぶこと
体を冷やさず、湿気をためないようにすることで、体の陽気を保ち、季節の変わり目を元気に過ごせます。
秋の味覚「さけ」と「さば」― 土用にぴったりの食べ物
日本の秋の食卓に欠かせないのが、脂がのった鮭と鯖です。中医学では、魚は一般的に「水の性質」を持つとされますが、この2種類の魚は少し特別で、「土の性質」をあわせ持つと考えられています。

特に鮭は、そのオレンジがかった肉色が「土に火が加わった色」とされ、胃腸と肺を養い、気と血を温める力があるといわれます。体をほどよく温めながらも乾かさず、しっとりと潤す。まさに秋の土用にぴったりの食材です。
中医学的に表すと、鮭は「性質はやや温、味は甘(甘味は「土」の性質)」で、脾胃を温めて消化を助け、湿気を取り除き、体を強くする働きがあります。寒くて湿っぽい季節に食べると、体の中心を温めながら、負担をかけずにエネルギーを補ってくれます。
一方の鯖は、これもまた優れた「温め食材」です。性質は温、味は甘で、脾胃や肝・腎に働きかけ、血の巡りを良くし、エネルギーを補いながら老廃物を流す作用があります。EPAやDHA、ビタミンDなども豊富で、血流を良くし、代謝を高めてくれるため、体にたまった「寒湿」を追い出してくれるのです。
寒さで疲れやすい、手足が冷えるという方には、鯖の味噌煮がおすすめです。味噌には消化を助け、気を補う働きがあるため、鯖との相性も抜群。体の中から温まり、胃腸にもやさしい一品です。
土用の養生レシピ:石狩風秋鮭のみそ煮
【材料】(3~4人分)
- 生鮭(切り身)……約400g
- 白菜……1/4株(約300g)
- 大根……1/3本(約200g)
- 玉ねぎ……1個(約150g)
- 木綿豆腐……1丁(約250g)
- 味噌……大さじ3(好みで加減)
- 日本酒……大さじ2
- 生姜……1かけ(千切りまたはおろし汁 小さじ1ほど)
- だし汁(または水)……800ml
- 塩・醤油……少々
- ごま油(または植物油)……小さじ1
【作り方】
① 下ごしらえをする
鮭は切り身にして軽く塩をふり、10分ほどおいて臭みを取ります。その後、熱湯をかけるかキッチンペーパーで水分を拭き取ります。
白菜はざく切りにし、大根は薄切り、玉ねぎは細切り、豆腐は食べやすい大きさに切っておきます。
② 鮭を軽く焼く
鍋にごま油を熱し、鮭を入れて表面がこんがりと香ばしくなるまで軽く焼き、いったん取り出します。
③ 野菜を煮る
同じ鍋にだし汁と日本酒を入れ、大根・玉ねぎ・白菜の芯の部分を加えて約10分、野菜がやわらかくなるまで煮ます。
④ 味噌と鮭を加える
取り出しておいた鮭を戻し入れ、味噌を少量の煮汁で溶かして加えます。軽く混ぜ合わせ、弱火で5分ほど煮ます。
⑤ 豆腐と生姜を入れる
豆腐を加え、仕上げに生姜の千切り(またはおろし汁)を入れて1~2分ほど温めたら完成です。
⑥ 仕上げと盛り付け
お好みでねぎや七味唐辛子をふりかけても美味しいです。味噌の香りがふんわり広がり、生姜の風味が体をぽかぽか温めてくれます。
【養生ポイント】
この「石狩風味噌鍋」は、北海道の漁師料理をもとにした温かい一品で、体を内側から温めて冷えを取り除く働きがあります。
秋の終わりの土用の時期は、冷えと湿気が体の中にたまりやすく、胃腸(脾)を弱らせ、肺を傷めやすい季節です。そこで、この鍋には季節にぴったりの食材がそろっています。
鮭:胃を温め、血のめぐりを良くし、乾燥した季節に潤いを与えてくれます。
白菜:体の熱を取り、肺を潤し、咳や痰をやわらげる働きがあります。
大根:消化を助け、気の流れを整え、体にたまった湿気を外に出します。
生姜:体を温めて冷えを散らし、
味噌:エネルギーを補い、体の潤いを保つ作用があります。
これらの食材を組み合わせることで、肺と胃腸を強くし、体を芯から温め、冷えと湿気を取り除く理想的な養生料理になります。
結び
「土用」は暦の上の単なる時期ではなく、自然の流れに合わせて体を整えるための知恵でもあります。天地の気が入れ替わるこの時期、人の体のエネルギー(気)もまたバランスを整える必要があります。
秋の終わりの土用には、胃腸と肺をいたわり、体の中心の「中気」を養うことが大切です。冷たい飲み物や体を冷やす果物はできるだけ控え、温かく優しい食事で体を整えましょう。
そうすることで、これから訪れる冬に向けて、心も体も安定した状態で過ごすことができます。
(翻訳編集 華山律)
ご利用上の不明点は ヘルプセンター にお問い合わせください。