写真は1965年11月5日、東京・後楽園球場での南海ホークスとの日本選手権シリーズでMVPに選ばれた読売ジャイアンツの長嶋茂雄。1960年代から70年代にかけての高度経済成長期にホームランを量産した日本の野球界のレジェンド、長嶋茂雄氏が2025年6月3日に89歳で死去したと、かつて所属していた読売ジャイアンツが発表した (Photo by JIJI Press / AFP) / Japan OUT (Photo by STR/JIJI Press/AFP via Getty Images)

長嶋茂雄氏が死去  メークドラマの軌跡

「メークドラマ」それは、長嶋茂雄という男の野球人生そのものを象徴する言葉だった。長嶋茂雄・巨人終身名誉監督が3日、亡くなった。89歳だった。

デビュー戦での4打席連続三振、天覧試合でのサヨナラ本塁打、そして監督としての奇跡の大逆転劇。数々の栄光と挫折を、まるで一つの壮大な物語のように見せながら、長嶋茂雄さんは常に観客にドラマを届け続けた。野球という枠を超えて、人々の心に刻まれる「記憶のスター」その歩みは、いつも期待のさらに上をゆく“劇的な展開”で彩られていた。

東京六大学野球で活躍していた長嶋茂雄選手は、通算打率.341、ホームラン8本という素晴らしい成績を記録し、特に勝負強い打撃、範囲の広い守備、隙あれば次の塁を狙う俊足が際立っていた選手で、プロ野球球団にも激しい争奪戦が繰り広げられ、結果、長嶋さんは巨人に入団。その後、ようやく戦後を抜け出し、高度成長期に入ろうとしていた当時の日本の国民に、長嶋選手は忘れられないプレーを繰り広げてみせた。

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