災害準備、体験学習は有効 東京消防庁・本所防災館を訪ねて
「天災は忘れた頃にやってくる」。日本は地震などの天災が頻発する国だ。しかし、そこに暮らす私たちはこの警句のように日々の生活でその危険を忘れてしまう。東京消防庁の本所防災館(墨田区北部、隅田川東岸)に行き、災害を疑似体験で学べた。それを振り返りながら私たちそれぞれの命、そして社会の守り方を考えたい。
本所防災館には地震体験コーナーがある。そこの振動発生装置で私は地震の揺れを体験した。横揺れの震度7、そして縦揺れの震度6の2パターンだ。前者は1923年9月の関東大震災での東京での最初の揺れ、後者は2016年4月の熊本地震での熊本市内での最初の揺れだ。
私は地面が揺れると事前に分かっていたので私は初めから座っていた。しかし振動が始まると、気味悪さと不安を感じた。立っていたら、大人でも転ぶだろう。実際の地震と同じように揺れは数十秒だったが大変長く思えた。また直下型地震では、体が上下に動かされ、それも気味が悪かった。疑似体験で精神が動揺するのだから、未体験で大地震に直面すると、誰でも大変なショックを受けることだろう。
関連記事
ガザ地区の惨状をめぐりイスラエルに向けられる「ジェノサイド」批判の虚構を、歴史的経緯と人口動態、ハマスの戦略から米歴史学者が鋭く論破。2005年の完全撤退以降の事実から、事態の本質と深層を浮き彫りにする
トランプ流の過激な交渉術「取引の極意」は単なる暴言か、それとも高度な外交戦略か。パナマ運河やグリーンランド、NATOなどの具体例から、摩擦を生みつつも成果をもたらす独自の交渉スタイルの本質と成否に迫る
少子化対策は給付金だけで十分か。人口減少を単なる家計や労働力の問題にとどめず、歴史と文明の危機として捉え直す。近代の個人主義を見つめ、家族を公共善として次世代へ命と文化を継承する倫理を問う論考
中国による米国債売却は「ドル離れ」を意味しない。真の狙いはドル資産の多様化や対米交渉における揺さぶりの誇示に過ぎず、海外経由の保有や国際的なドル支配の実態を見れば、人民元の台頭論は虚構であると暴く
便利さに流されがちな現代で、私たちはお金を通して何を生かし続けたいのか。人里離れた牧場でレストランを営む著者が、中央集権的な仕組みに対抗し、個人の消費選択が地域や未来を形づくる意義を問いかける論評