渋沢栄一「論語と算盤」と現代ビジネス
CSR・CG・ SDGs ~ 日本企業には素地があった
Corporate Social Responsibility(企業の社会的責任)、Corporate Governance(コーポレート・ガバナンス/企業統治)、Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標) 、という、英語ばかりをみると、元々日本企業には無かった概念かと誤解するかもしれません。
しかし、これもまた「欧米発」というのではなく、日本には昔からあった考え方でした。
そもそも米国でCSRなどを掲げなくてはならなくなったのは、「株式会社は株主のモノだから、高配当と株価UPだけを目指せばよい。」という米国での「株主至上主義」「利益至上主義」が、エンロンやリーマンブラザーズといった企業の不祥事の原因になったと言われました。
顧客・仕入元・従業員・地域社会という「株主以外のステーク・ホルダーも大事にされるべき」、という日本型経営は、「株主至上主義」が世界に広まった時代には日の目はみませんでした。
しかし「社会全体に対する責任」「企業内部を適正に治める」「地球規模での持続的成長を目指す」という、『金もうけ』以外のところに重点を置く、この考え方が最も古くから明文化されていたのは日本かもしれません。
関連記事
深夜の地下鉄で起きたささやかな善行を手がかりに、日本の「恥の文化」と心の中の「浄土」を読み解く思索録。「お天道様が見ている」という天への畏敬や儒教の教えを通じ、現代人が見失いつつある道徳の根源を問いかける
空に浮かぶ雲の移ろいや詩歌・禅の教えを通じて、天地の大きな秩序と生命のあり方を説く一文。俗世の執着や悩みを離れ、ふと空を見上げて自らの歩みを見つめ直したくなる思索的なエッセイ
都市の光が星空を覆い、人と宇宙の繋がりが薄れた現代。科学が遠大な宇宙を解き明かす一方で、失われた生命の実感と「天人合一」の古代の叡智を説き、真の夜闇の中で己の起源と精神の故郷を見つめ直す随想
1200年の歴史を誇る京都の「西陣織」をはじめ、存亡の危機に瀕する日本の伝統工芸の過酷な現実と課題を浮き彫りにした一編。市場原理と文化継承の葛藤を描きつつ、手仕事の価値を後世へ残すための責任と希望を問いかける
松の煙から始まり、幾多の試練を経て一挺の墨が生まれる製墨の工程。それは人間の修養や風骨の形成と深く重なっています。苦難を乗り越え、静けさの中で自らを磨き上げる人生の奥深さを描いた珠玉のエッセイです