黒雲に覆われる北京の天安門広場. (Photo by Feng Li/Getty Images)

「古い認識を改めるために」司馬遼太郎が見た中国、見えなかった中国

「中国」という通称で呼ばれる巨大な国が、昔も今も、日本のすぐ近くにある。

日本にとってこの事実は、これからの未来においても変えようがない。大切なのは、それとどう付き合うかということであるが、その過程においては、中国に対する私たちの認識を適宜改めていくことも求められるだろう。

多くの小説や評論により「国民作家」とも呼ばれた司馬遼太郎さんは大正12年(1923)8月7日の生まれなので、来年の夏には生誕100年を迎える。おそらく明年のはじめから、司馬さん関係の書籍が書店の特設コーナーに山積みされるだろう。

司馬さんは1996年2月に72歳で物故された。そのため、21世紀の今日の世界を見ることはなかった。そんな司馬さんが書いた子供向けエッセイ(それは小学校の国語教科書に載せるための書き下ろしだったが)に『二十一世紀に生きる君たちへ』という珠玉の作品がある。

▶ 続きを読む
関連記事
トランプ政権が敵対的政権の金融センターを標的に定めたことで、中国に対する米国の「戦略的曖昧さ」の時代は終焉を迎えた
トランプ政権が難航するCDC局長人事で指名したシュワルツ氏。巨大保険会社の幹部歴を持つ彼女は、コロナ禍の「負の遺産」を隠蔽するのか、それとも真相究明に動くのか。組織改革と利益相反の狭間で揺れる米公衆衛生の核心に迫る
ある冬の夜、一頭の牛の最期に立ち会った牧場主の告白。「効率」や「平等」という言葉では片付けられない、命を背負う責任と、過酷な現実に立ち向かう「男らしさ」の本質を紹介する
イランは反撃されることはないと過信し、代理勢力を通じた挑発を続けてきた。しかし、トランプとネタニヤフという「ルールを厭わない」指導者の登場が、その慢心を打ち砕く。軍事拠点を破壊され窮地に陥るイランの誤算を暴く
過度な除菌社会に警鐘を鳴らす。免疫システムを「筋肉」のように泥や細菌で鍛えるべきだと説き、自身の体験を交えながら、無菌化しすぎた現代社会に真の健康の在り方を問いかける