異次元に迷い込み、困窮の地と楽園を旅する (下)
ある日、街の外で突然太鼓の音が響き渡り、街の人々は「楽国の大軍が来た!」と叫びながら走り回りました。楽国の軍隊が「悩みの町」を三重に包囲し、楽国の将軍が「悩みの町はいずれ敗れる。お前たちはまだ降参しないのか」と声を上げました。こうして、双方のせり合いが三日三晩続きましたが、結局、悩みの町が敗れてしまいました。
安若素を見た楽国の将軍は、「大国の男が何ゆえ自ら悩みを求めてここに来たのだ?」と驚きました。将軍は国王の称賛を受けようと、安若素を檻車(罪人を護送する、檻のようになった車)に入れ、楽国へと帰国しました。
楽国は悩みの町と全く逆の光景でした。国中が煌びやかで、人々は笑顔を浮かべ、色鮮やかな服を身にまとい、明るくて幸せな雰囲気が漂っていたのです。
宮殿で国王は安若素に会い、悩みの町に勝利した祝いとしてたくさんの金銀財宝を与え、また、高い職位をも授けました。名誉や地位、財産も手に入れた安若素は国の有名人となり、楽国で3年間ほど、この上ない楽しい時間を過ごしました。
突然、ある日、国王が「安若素よ、君はこの上ない楽な生活を3年も過ごした。これ以上ここに留まってはいけない。直ちに故郷へ戻るべきだ」と言いました。これを聞いた安若素は「ここでの生活は非常に楽しく、故郷に戻る気はありません」と答えました。しかし、国王は「楽しさが頂点に達するとかえって悲しいことが起こる。自分の立場をよくわきまえて、何事もほどほどにするのだ」と忠告しました。
別れの時、国王は安若素に巾着を渡し、「これは富を呼び寄せる至宝だ。決してなくしてはいけない」と言いました。巾着に底がないことに気づいた安若素は理由を尋ねると、国王は「これは『貪欲の巾着』と呼ばれている宝物だ。いくらでも入る」と答えながら、衛兵に多くの金銭を持ってきてもらい、巾着に入れたところ、確かに万金を入れてもまだいっぱいになりませんでした。「驚かなくてもよい、底がないために、いっぱいにならないのだ」と国王は笑いました。
「貪欲の巾着」という名が気に入らなかった安若素は断ろうとしましたが、国王はさらに、真っ黒な石を安若素の首にかけ、「自分の言動を再三再四確かめてから行うのだ。悪いことをすると、石に含まれている黒い気が君の心に入り、助からない」と真剣に伝えました。国王からの授かりものなので、断れない安若素は礼を言って受け取りました。
その後、故郷へ帰った安若素は家族が無事であることを見て安心し、一部の財宝を売却して万金を手に入れた後、町はずれに屋敷を購入し、両親を養い、孝行を尽くしました。
国王から授かった二つの宝物を、安若素は使用せずに、大事にしまいましたが、後に泥棒に盗まれてしまいました。しかし、安若素は今の生活に満足し、昔のように出世や大事を成すことなどは考えなくなり、自分の家を「小楽国」と呼び、世の中のことに悩むことも悲しむこともなく、自由で快適に過ごしたということです。
この物語は『淞濱瑣話』第五巻からのものです。
(翻訳・郡山雨来)