イギリスの超自然現象研究者によると、この国には「時空の隙間」があって、多くの人がその隙間から時空をすり抜け、超えて、現在に来ているといいます。
ところが、一部の人は、過去に閉じ込められているため、現在の時空から「姿を消している」のだそうです。しかも「そのような人は毎年数千人にのぼる」というのですが、果たして本当でしょうか。
英国のタブロイド紙『デイリー・スター』によると、超自然現象研究者のロドニー・デイビス氏は、その著書『タイムスリップ(Time-Slips:Journeys Into The Past and Future)』のなかで、「時間と空間を行き来する現象は実在する」と指摘しています。
デイビス氏は「行き来するなかで、過去に戻って、結局そこに閉じ込められている人もいるかもしれない。そうして、毎年数千人が行方不明になっている」と言います。
「数千人」も過去に閉じ込められるか否かはさておき、現代の人が、思いがけず「ほんのひと時、昔の風景を見る」ということは、もしかすると、あるのかもしれません。
『デイリー・スター』の同記事によると、ある日、リヴァプールで、学生のジョン・ムナン君が目にした光景は「人の服装も馬車もビクトリア朝時代のものだった。テレビドラマの撮影かと思って、もう一度振り返ると、現代の街に戻っていた」というのです。
大衆紙の記事にどれほどの信憑性があるかは、ここで追及しませんが、ふと思い出したのは、「時空の隙間」から過去の風景を垣間見るという実体験をもち、それを小説にした日本人がいたということです。
「時空の隙間」に入った日本人
夏目漱石に『倫敦塔』(明治37)という短編があります。
ずいぶん昔に読んだときは、何を言っているのかさっぱり分からなかったのですが、いま「時空の隙間」と聞いて、その『倫敦塔』を思い出しました。
実に不可解な内容のこの小説は、漱石が明治33年(1900)に英国ロンドンに留学して間もないころ、市内の地理もまだ不案内な「余(よ)」つまり漱石が、地図をたよりに訪れた「ロンドン塔」に入り、そこで見た不気味な光景をつづったものです。
現存するロンドン塔は、11世紀に建てられた城塞で、のちに国王の居住する王宮にもなりましたが、やがて政敵を拘留する監獄になりました。
さらに14世紀以降は、そうした囚人を処刑する刑場にもなったため、壁にも床にも斬首された死刑囚の血が染み込んでいます。
そこを訪れた漱石は、小説のなかで「そう思って見ると、なんだが壁が湿っぽい。指先で撫でてみると、ぬらりと露にすべる。指先を見ると真赤だ。16世紀の血がにじみ出したと思う」と、ほとんどホラー映画のような、すさまじい描写をしています。
いま書架から『倫敦塔』を久しぶりに取り出して読んでみたところ、あることを発見しました。倫敦塔の番人から「あなたは日本人ではありませんか」と話しかけられた「余」の、次の言葉です。
「余は現今の英国人と話をしている気がしない。彼が三四百年の昔からちょっと顔を出したか、または余が、急に三四百年の古(いにしえ)をのぞいたような感じがする。余は黙して軽くうなずく」。
やはり、そうだったか。漱石はロンドン塔で、その「時空の隙間」をのぞいたのだな、と得心しました。漱石先生が見たのですから、「時空の隙間」は、やはり存在するようです。
(翻訳編集・鳥飼聡)
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