農科学もうひとつの道 完全自然農法

1. 人口爆発と肥料栽培の限界~資源は枯渇する

いま、世界人口は約77億人にのぼる。1950年の国連の統計によると、当時の世界人口は約25億人なので、わずか70年のあいだに3倍に増えたことになる。一方、世界の食料の生産量も、農水省の統計資料によると1960年に約8億tであったものが、2015年に約24億tと3倍に増えているため、数字の上では、食料不足にはなっていない。もちろん、全く問題がないというわけでない。貿易や国際援助の歪みにより食料が適正配分されず、飢餓に苦しむ国が一部にはあるようだ。あるいは、日本を含めた先進国の飽食により、廃棄される食料が多いことも理由のひとつとされる。しかし、大きな意味で、いまのところ食料問題は起きていないように見える。

Archangel80889 / PIXTA(ピクスタ)

ところが、近年の気候変動の影響は、想像以上に深刻な状況にあるかもしれない。とくに2021年は、年頭からヨーロッパに強い寒波が襲いかかり、その後、北半球には猛烈な熱波と豪雨、南半球には強い寒波による被害が拡大している。とくに7月から8月にかけて、中国河南省の記録的豪雨と洪水のニュースが大きく報じられている。「中国の食糧倉庫」とも言われている河南省の農地は97万㏊が水没し、農作物の損害は日本円にして1兆4千億円にのぼるという。しかし、問題は金銭的な損害なのではない。

Yoshitaka / PIXTA(ピクスタ)

表に情報は出てきていないが、世界各地の食糧生産量も気候変動の影響を受けてかなり減っているのではないか。そして、今回の河南省の洪水の影響によって、中国国内の食糧不足や海外への輸出削減が起きないだろうか。現時点では、世界中に穀物の備蓄があると聞くので、すぐに食糧危機が訪れる可能性は低いかもしれない。しかし、気候変動が食料危機をもたらす可能性が大きくなっていることに、そろそろ私たちは気付くべきであり、対応を急ぐ必要があるのではないか。

metamorworks / PIXTA(ピクスタ)

気候変動への対応策には、2つの道がある。ひとつは現在の農業技術をさらに進化させる道。つまり、遺伝子組み換え技術をさらに発展させ、どのような気象にも耐えられる新種の作物を創造することだ。そしてもうひとつは、肥料農薬を一切使わずに農作物を栽培する自然農法の技術を深める道だ。自然農法は、日本古来の自然観をもとに提唱された農業技術で、ここ100年ほど個人レベルで研究が進められてきた。そして近年の科学の発展によって自然の仕組みが解明されてきたことにより、肥料や農薬を一切使わずにさまざまな農作物を栽培する技術が科学的に解明され、実用段階に達している。

YUMIK / PIXTA(ピクスタ)

従来の農業技術は、確かに多くの人口を支えてきた実績があり、将来に向けてさらに遺伝子組み換え技術に頼ろうと考えるのは当然の流れではあるが、実は大きな問題が隠れている。それは、従来の農業技術に欠かすことのできない肥料のほとんどが天然資源である、という点だ。

具体的には、農業に欠かせない三大肥料と呼ばれる原料がある。それは「窒素」「リン」「カリウム」の3つで、そのうち「窒素」は大量の電気を使って合成するか、天然ガスに含まれる水素と空気から合成するか、いずれにしても石油・天然ガスによって生成されている。そして「リン」と「カリウム」は、どちらも天然鉱石から抽出されている。どれも、産出国は限られており、しかも遠からず枯渇すると予測されている。そもそも天然資源なのだから、無限に使えないことはだれにでもわかるはずだ。

Bowonpat / PIXTA(ピクスタ)

さらに日本の食料事情を考えてみよう。2021年の時点で、日本の食料自給率はカロリーベースで37%と発表されている。つまり、63%は輸入に頼っているので、もし輸入が止まったら、それだけでも深刻な食料危機に陥るだろう。しかし、もう少し目を凝らしてみると、実は肥料の原料すら輸入に頼っているため、実質的な食料自給率がほぼゼロ%であることは、意外に知られていない。

kurosuke / PIXTA(ピクスタ)

天然資源のなかで、もっとも早く枯渇すると予測されているリン鉱石だけをみても、かつて主要な輸出国であったアメリカが数年前に輸出を停止しており、日本は中国からの輸入に依存しているのが現状だ。もちろん、輸入元は中国だけではないが、今年の異常気象の影響で中国がリン鉱石の輸出を控えただけで、日本の農業はたちどころに窮地に陥る可能性すらある。

こうしたリスクを丁寧に検証していくと、いまの農業技術に頼るだけで良いのかどうか、日本はもちろんのこと、世界中で議論しなければならないテーマであることがわかる。同時に、天然資源である肥料はもちろんのこと、健康被害をもたらす農薬も使わない自然農法という選択肢があることも、広く、深く議論する時期にあるのではないだろうか。

つづく

執筆者:横内 猛
自然農法家、ジャーナリスト。1986年慶応大学経済学部卒業。読売新聞記者を経て、1998年フリージャーナリストに。さまざまな社会問題の中心に食と農の歪みがあると考え、2007年農業技術研究所歩屋(あゆみや)を設立、2011年から千葉県にて本格的な自然農法の研究を始める。肥料、農薬をまったく使わない完全自然農法の技術を考案し、2015年日本で初めての農法特許を取得(特許第5770897号)。ハル農法と名付け、実用化と普及に取り組んでいる。
※寄稿文は執筆者の見解を示すものです。
※無断転載を固く禁じます。