うつ病を克服するために「自然の力を、体に取り戻す」

台湾にある安泰商業銀行の元副頭取・林桂永氏は、仕事の絶頂期にうつ病にかかり、充実していた生活が、まさに谷底まで落下するような経験をしました。

入院治療によって、ある程度回復した後、退院した日からすぐに林氏が始めたのは、軽度の山登りでした。

ほとんど毎朝、簡単な食べ物をもって山へ出かけます。山に登って汗を流した後は、温泉に立ち寄って疲れを癒し、体をリラックスさせるのです。

その時の気持ちを、林氏は自著『當憂鬱來敲門』のなかで、こう書いています。「(山に登ると)一日中、楽しくて気持ちが良かったです。うつ病の不快な症状もなくなりました」。以来十数年、林氏のうつ病は再発していません。

人が体内にもつ4種の「快楽物質」

精神的ストレスを抱えているのは、現代人の普遍的な現象です。

世界では3億人が、うつ病を抱えているとも言われます。たとえ疾病にまで至らなくても、自分のネガティブな感情に悩まされている人は膨大な数に上るはずです。

しかし、私たちの脳には、神経伝達物質やホルモンをふくむ何らかの「快楽物質」が存在することが確認されています。それらの濃度が上昇すると、喜びのスイッチがオンになって、マイナスの感情を消してくれるのです。

現代医学によると、うつ病の患者や不安の大きい人は、セロトニンドーパミンの濃度が低い傾向があります。うつ病の人によく処方されるフルオキセチン薬「百憂解」は、脳のセロトニンの活性を高める目的で使用されるものです。

セロトニン、ドーパミン、アンポリフェノールオキシトシンなど、人体には少なくとも4種類の「快楽物質」があり、それらは情緒の改善において、それぞれ「不思議な作用」を発揮するのです。

セロトニンは、楽しみを多く感じて、ストレス解消につなげます。

朝、カーテンを開けると、明るい朝の日差しが目に入ってきます。この時、濁った眠気が吹き飛び、心の中に清らかな喜びが湧いてきます。これがセロトニン分泌の反応です。セロトニンが十分に分泌されていると、よく眠れて、翌朝までに体力も回復するのです。
 

日光が脳を刺激すると血清素(セロトニン)が分泌され、一日の気分を楽にします。夜は、血清素がメラトニンに変化し、眠りにつきやすくなります。(nishiya_hisa / PIXTA)

ドーパミンは「やる気」の元になるご褒美

ドーパミンは、人間の「やる気」を奮い立たせるものです。

例えば、あなたが旅行先で、長く歩いてお腹がすいたとき、温かい包子(肉まん)を売る茶店を発見したとします。「やっと見つけた!」という興奮と満足感。その時、脳から一気に分泌されるドーパミンが、あなたに心の中でその言葉を叫ばせるのです。

何かに成功したり、努力が報われると、脳はドーパミンを多くつくります。ドーパミンという「管理主任」が与えるご褒美は、次回へ向けて人を再び奮い立たせ、一層やる気を起こさせるのです。

ただし、目先の欲求(例えば、甘いものを食べる、ゲームをする)が満たされても、ドーパミンは分泌されます。これが依存症につながりやすい、ドーパミンの負の一面です。

ドーパミンは、記憶力や集中力を増す役割もしており、また、体の運動機能に重要な調節作用を果たしています。体内のドーパミン量が少なすぎると、パーキンソン病を引き起こし、手が震えたり、足の動きが乱れたりするのです。

疲れていても「疲れない」不思議なホルモン

アンポリフェノール(別名エンドルフィン)は「幸福ホルモン」とも呼ばれ、リラクゼーション(休養や娯楽)を代替する「不思議な働き」をします。

アンポリフェノールは、間脳の視床下部と下垂体のなかで作られます。日本の皆様も、「ランナーズハイ(runner's high)」という言葉を聞かれたことがあるかもしれません。長距離を走って体が極度に疲れたときに、脳から分泌されるアンポリフェノールが、かえって「気持ち良い」と感じさせるのです。

アンポリフェノールは「天然の鎮痛剤」です。脳のアヘン受容体に作用して、痛みを軽減するモルヒネと同様の方法で鎮痛作用を発揮します。そういう点から「脳内麻薬」と呼ばれることもありますが、もちろんアヘンなどとは違って、人体が自ら作り出すアンポリフェノールで中毒にはなりません。
 

長距離走などで体が極度に疲れたとき、脳から分泌されるアンポリフェノールが、かえって「気持ち良い」と感じさせます。(Fast&Slow / PIXTA)

「愛のホルモン」で固く結束できる

オキシトシンには、他者への親密さと、自身の安心感を高める働きがあります。

女性が出産するとき、脳から子宮収縮を促すホルモンを分泌され、出産を助けます。これがオキシトシンです。また、それ以上の役割を果たすオキシトシンは、「愛のホルモン」でもあります。

人が感じる多くの精神的不幸は、人間関係の挫折と、その結果として感じる冷淡さに由来するのではないでしょうか。

オキシトシンを研究する米国の科学者ポール・ザック(Paul J. Zak)は、体内のオキシトシンのレベルが高ければ高いほど、人は他者との関係が親密になり、他人を信頼することができ、共感できると指摘しています。

つまり、オキシトシンは、友人、パートナー、家族など、身近な人との関係をさらに強固にするのです。

化学薬物に頼るのは両刃の剣

この4種の「喜びの物質」のうち、ある物質が過剰に分泌されると、別の極端に走ることになります。

その一例を、申しましょう。

医療上の判断で、コカインを患者に使用するとします。すると、体内のドーパミンが急激に増加して、脳が興奮します。しかし、その役割が後退したとき、人はもっと憂鬱になってしまい、それが引き金となって、さらに心身の健康を害す場合もあります。

つまり化学薬物による治療は、これら4種の物質を調整することによって、一時的に改善することはできますが、長期的かつ根本的な治療法にはならないのです。

うつ病をもつ患者が、副作用のない方法で、安全に心身の健康を回復させるには、やはり自分自身を変える必要があります。

ここで、冒頭に紹介しました林桂永氏の例を、もう一度、思い出してください。

山へ登って、心地よい汗を流し、自然のなかで食事をし、温泉で疲れをとる。

いかがでしょう。この中から、究極的な治療法が見えてくるのではないでしょうか。

(文・柯弦/翻訳編集・鳥飼聡)