国家安全法のもと、企業やメディアを締め付ける中国共産党
ロイター通信の報道では、中国政府が香港に抜本的な「国家安全法(香港国家安全維持法)」を施行してから約1年が経ったが、これまでに同法の適用により逮捕された者の数は100人以上に及んでいる。
直近では、2021年6月17日に民主派支持を堅持してきた香港紙「蘋果日報(アップル・デイリー)」の編集・経営部門の幹部5人と親会社の最高経営責任者(CEO)が「外国勢力と結託した」容疑で逮捕された。
国家安全当局により同社の資産も凍結されたことで、同紙は24日付の新聞を最後に廃刊に追い込まれた。蘋果日報の事例は、国家安全法違反を口実に香港企業が資産を凍結されるリスクがいかに高いかを示すものである。
AP通信が伝えたところでは、香港の自由を堅実に支持してきた蘋果日報は、言論と集会の自由を制限し1997年の香港返還時の英中共同声明により保証されていた香港住民の権利を抑圧する中国政府と親中派の香港政府への批判的姿勢を貫いてきた。
2020年6月に中国政府が制定した曖昧な国家安全法は国家離脱、転覆行為、テロ活動、外国勢力や外部要素との結託を含むさまざまな犯罪に適用でき、その懲罰には重ければ終身刑も含まれる。
中国政府は一貫して、正式には「中華人民共和国香港特別行政区国家安全維持法」という名称のこの国家安全法は「厄介者」のみを対象する法律であると主張している。
複数の国際的な人権団体の見解では、活動家や率直に中国批判を行う人物の投獄など同法は香港市民を抑圧する手段として利用されている。AP通信によると、その一例として蘋果日報を創業した資産家の黎智英(Jimmy Lai)代表者が2021年に無許可集会組織罪で逮捕されて実刑判決を受けた事例が挙げられる。
アムネスティ・インターナショナル香港支部の発表では、蘋果日報の幹部逮捕と家宅捜査は、当局による香港報道機関への攻撃激化と中国政府による人権と自由の侵害が悪化している兆候を示すものである。
2021年4月に同組織が発表した年次報告書には、「[国家安全法による]香港市民社会への萎縮効果は急速に広がっており深刻な不安を引き起こしている」と記されている。 影響激化の別の例として、香港の有権者の40%以上が香港の次回選挙で投票しないと回答している現状が挙げられる。
これは、警察当局による逮捕と家宅捜査が発生する数日前に蘋果日報に掲載された世論調査の記事の一内容である。香港民意研究所(HKPORI)が実施した同調査は、2021年5月に香港立法会(議会)で選挙制度改正の条例案が可決されたことに対する有権者の反応を調べることを目的としていた。
AP通信の報道では、今回の選挙制度改革により選挙で住民が直接選出する議員が減ることから香港内政に関する決定がほぼ親中派議員の手に委ねられることになる。 同研究所の鍾劍華(Chung Kim-wah)博士は蘋果日報に対して、「合理的な結果を生み出す可能性のない不適切な選挙制度を制定する必要性について多くの住民が懐疑的になっている」と述べている。
影響はジャーナリズムや政治以外の分野にも及んでいる。ウォール・ストリート・ジャーナル紙が報じたところでは、国際的な大手企業がシンガポールといった他の金融都市に移転している主な理由はこの国家安全法にある。2021年6月7日付の記事によると、香港の「開放性が低下し[中国]本土の経済への融合が進んでいる」ため、上海に移転する企業も発生している。
2021年1月、ティンバーランド(Timberland)やザ・ノース・フェイス(The North Face)などの衣料品ブランドを傘下に収める世界的なアパレル企業「VFコーポレーション(VF Corporation)」が従業員900人を擁する香港拠点を他地域に移転すると発表した。
一部の幹部をシンガポールに移動させたビデオゲームメーカーのソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)だけでなく、モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン(LVMH)やロレアル(L’Oréal)などの企業も従業員を転勤させている。 香港の欧州商工会議所のフレデリク・ゴロブ(Frederik Gollob)会頭は、「企業にとってこれまで香港で運営することは容易であった」とし、「しかし今、数ある企業が香港で運営する必要性を改めて自問自答している」と話している。
香港と米国を結ぶ海底データケーブル計画にはFacebook社やGoogle社などの複数の米国技術企業が関与していたが、米国治安当局が安全面での懸念を表明したことを受け、同計画は撤回された。
香港の国家安全法に基づき、中国警察当局はハイテク企業に内容の削除や制限を要求できるだけでなく、違反した場合は罰金と懲役が科せられるためである。 香港の莫乃光(Charles Mok)議員はブルームバーグニュースに対して、「これは在香港企業に警戒せよという合図である」とし、「安全を確保して不確実性を望まないのであれば、香港から別の土地に移転するべきである」と語っている。
2021年6月11日のニューヨーク・タイムズ紙の報道では、中国政府は国家安保を脅かす可能性のある香港製作映画を禁止するよう香港政府に命じている。同紙によると、この取り締まり強化は「アジアで最も有名な映画製作中心地の1つに実質的に中国本土型検閲の魔の手が伸びた」ことを示すものである。
また、中国政府が蘋果日報を廃刊に追い込んだ事例も同政府が国家安全法を報道機関に対して厭わずに使用すること赤裸々に示す証拠である。香港記者協会(HKJA)の陳朗昇(Ronson Chan)主任はロサンゼルス・タイムズ紙に対して、「香港住民はすでにあらゆる種類の自由を喪失した」とし、「国家安全法の下では、越えてはならない一線がどこにあるのか全く分からない」と述べている。
(Indo-Pacific Defence Forum)