印中ヒマラヤ係争地、中国軍は実弾演習 道路や集落の建設も
インド軍と中国人民解放軍(PLA)による激しい国境紛争が発生してから1年が経過したが、中国人民解放軍の活動が拡大していることで、軍隊撤去と緊張緩和に向けた交渉が頓挫の危機に曝されている。
インド当局の発表によると、ヒマラヤ地域の係争地の平和と安定が確保できなければ中印関係が「岐路に立たされる」ことになる。 インド軍幹部等が発言したところでは、世界最大級の人口を要する中印を隔てる3,400キロの実効支配線(LAC)付近に中国人民解放軍は今も軍隊、戦車、装備の配備を続けている。
ヒンドゥスタン・タイムズ(Hindustan Times)紙の報道報では、インド陸軍のマノジ・ムクンド・ナラベーン(Manoj Mukund Naravane)参謀本部長は2021年5月下旬にこうした中国部隊は「緊急通知」に応じて動けるように配置されていると説明している。
オンライン雑誌のザ・ディプロマット(The Diplomat)が伝えたところでは、厳冬の気候が緩み険しい国境地域での行動が容易になるのに伴い、中国人民解放軍・東部戦区が兵器、車両、装備を強化して実弾演習を実施し始めただけでなく、中国人兵士等が同地域に集落を建設し、最近では中国人民解放軍が実効支配線へ要員を迅速に動員するための高速道路が完成している。
ナラベーン参謀本部長は、「そのため、当インド軍も準備態勢と警戒態勢を高めている」とし、「今のところ状況は安定しているように見えるが無関心でいられる状態ではない」と説明している。
2021年2月に数回にわたる軍高官級会議の末、中印両軍は紛争地域の汽水湖「パンゴン湖」沿いからの撤退に合意した。標高4,300メートルに位置するパンゴン湖岸は、2020年6月中旬に中印軍隊の兵士間で石の投げ合い、鉄棒や有刺鉄線が巻かれた竹棒を使った殴り合いが繰り広げられた場所である。この衝突によりインド人兵士20人と中国人民解放軍兵士4人が死亡したと伝えられている。
インド軍側は中国人民解放軍が実効支配線を越えて侵入したことが衝突に繋がったと主張している。1962年に中印国境紛争が発生して以来、このヒマラヤ地域では対立の火種が燻ったまま数多くの小競り合いが発生している。流血の衝突が発生した後の2020年9月、緊張緩和を目的として行われた二国間協議では、インド軍と中国人民解放軍は相手側が国境に沿って威嚇射撃を行ったと主張し相互に相手を非難する状態となった。複数の報道によると、同国境地域で発砲事件が発生したのは45年ぶりである。
ザ・タイムズ・オブ・インディア紙が報じたところでは、インド陸軍は「現状を一方的に変更する試みは許されないことを非常に明確に理解している」と主張した。また、同参謀本部長は、「当軍は毅然とした態度でこちら側の真摯な主張を維持しながら事態を悪化させない方法で中国側に対処している」と述べている。
アナリスト等の主張によると、東シナ海や南シナ海における他国領海の侵害や台湾海峡を跨いだ台湾領空への侵入などにも見られるように、同実効支配線における中国人民解放軍の行動には、ますます増長する中国の拡張主義的姿勢が反映されている。
こうした事件に対する共通の懸念がインド太平洋地域の同盟・提携諸国間の関係強化の重要な推進力となっている。2021年3月、インドと米国は情報共有や相互補給支援および他の防衛協力体制を強化することで合意した。
AP通信が伝えたところでは、訪印したロイド・オースティン(Lloyd Austin)米国防長官は印国防相との会談の席で、「国際的な勢力状況が急速に変化する中、提携国としてのインドの重要性が高まっている」とし、「インド太平洋地域における米国の取り組みの柱としてインドとの包括的かつ未来志向の防衛協力を強化していく構えである」と話している。
インド当局の発表によると、国境問題が燻ることで投資や貿易といった分野における二国間協力にも悪影響が出る可能性がある。 ヒンドゥスタン・タイムズ紙によると、インドのスブラマニヤム・ジャイシャンカル(Subrahmanyam Jaishankar)外相は、「中印関係は岐路に立っている。当国がいずれの方向に進むかは、中国側が総意に準拠するか両国が何十年にわたり積み重ねてきた合意に遵守するか否かにかかっている」と述べている。
ジャイシャンカル外相はまた、「中国が平和と平穏を乱す行動、流血事件を引き起こす活動や脅迫行為を行い、国境で摩擦が継続する場合は中印関係に悪影響が出ることは明らかである」と話している。
(Indo-pacific Defence Forum)
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