文明国は「パッチワーク」のように制裁法を繋いで=マグニツキー法推進者、日本シンポで講演
人権侵害や汚職に対する制裁法「マグニツキー法」制定のために、世界各国で働きかけを行う実業家ビル・ブラウダー氏は3月12日と13日、東京大学大学院総合文化研究科「人間の安全保障」プログラム(HSP)と国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチが主催するオンラインのシンポジウムで基調講演を行った。日本の制裁を勧告できるはずの国連安保理や人権理事会の機能不全を指摘したうえで、日本を含む民主主義国は連携して「パッチワーク」のように人権侵害者や腐敗高官の自由を制限する制裁法を整備するよう呼びかけた。
マグニツキー法制定までの道のり
「セルゲイ・マグニツキーは私のために働き、死亡した。妻と幼い子ども2人を残して。私は彼の家族に誓った。私の資源やエネルギーを使ってできる全てのことを、彼を死に追いやった人々を追及するために使う」ロシア当局の迫害で2009年に死亡した担当弁護士セルゲイ・マグニツキー氏への想いを、投資基金エルミタージュ・キャピタル代表のブラウダー氏は語った。
ブラウダー氏の祖父には、米国共産党の初代書記長アール・ブラウダー氏がいる。自身は共産主義に対する強い抵抗から、資本家への道に邁進したという。ロシア国内で著名な外国人資産家になり、高額納税者だった。しかし、権力闘争に巻き込まれ、2005年に国外追放された。当時、35歳のセルゲイ・マグニツキー弁護士は、ブラウダー氏のロシア残存資産の対応にあたっていた。弁護士は、ブラウダー氏の資産押収は不当だとして告訴の準備をしていた。
ロシア当局は、マグニツキー弁護士を拘束し、睡眠剥奪、冬のモスクワで暖のない独房に閉じ込める、ゴムバトンで殴打するなどして拷問した。弁護士は1年あまりの拘束で死亡した。
ブラウダー氏は、弁護士の死に対してロシア連邦調査委員会を含む当局側にあらゆる申し立てをしたが、なしのつぶてだったという。「ロシア国内では対処できない」として、国外での活動を始めた。しかし、国家的な犯罪、腐敗に対する国際的な法律がないことに気づいたという。「国は免責されている。だから新しいメカニズムをつくる必要があった」とブラウダー氏は語った。
ブラウダー氏は、専門家からの相談を通じて、腐敗高官の海外資産を凍結し、渡航禁止の法律をつくる可能性を見出した。米国では、民主党および共和党の相互の理解を得た。米国での活動のなかで、ロシア当局以外にも、独裁的国家や腐敗幹部によって傷ついた人々が多くいることを知ったという。
2012年、米国でマグニツキー法が可決。さらに、2016年にはグローバルマグニツキー人権問責法が成立、2017年、同法の施行に関する米大統領令13818号により、制裁対象がロシアによる人権侵害や腐敗から大幅に拡大した。マグニツキー法の制定は世界的な大きな流れを形成し、各国で党派を超えた協力が見られた。カナダ、英国、欧州連合(EU)、エストニア、ラトビアなど、腐敗と人道犯罪に対するマグニツキー法をもつ国は31カ国に及ぶ。米国の場合、同法の制裁対象は275以上で、そのうち114は企業体に対するもの。
日本へのメッセージ
ブラウダー氏は、日本はG7のメンバーであり経済大国だが、唯一マグニツキー法がないと指摘。その国家規模から、文明国として人権問題に責任と義務を取り入れる動きが必要だとした。また、可能な限り日本にも助言などの支援を提供するとも付け加えた。
また、「対中国制裁法」とすると、日本やオーストラリアは動揺することを知っていると語った。「悪人はいつも善良なことをしようとする人に圧力をかけるものだ。しかし、資産を凍結し、ビザを停止することは、起訴よりも敷居が低い」とした。
同時にブラウダー氏は、マグニツキー法が「反ロシア法」ではないことを強調した。これは犯罪者、略奪者、拷問に加担した者に対する法律だという。中国共産党によるウイグル弾圧、ミャンマーのロヒンギャ問題、軍事政権、サウジアラビアのカショギ氏殺害など、当事者の国家が無視する問題に対処するのが可能な、海外から正義を示す法律が必要だと説明した。カナダや英国ではこの角度から議論が進んだという。
「不正な手段で奪われた資産を使って、腐敗高官は、英国や米国の銀行に資産を保管し、フランスの不動産を買い、子どもたちをスイスの寄宿学校に通わせている。そして両親は医療ツーリズムで海外に出かけている」「拷問や殺人を犯した腐敗官僚が、そのお金で、処罰を受けないまま自由を楽しんでいる。被害を受けている人々には、いかに傷つけられ、怒っているかを示す法律が必要だ」
ブラウダー氏は、国際社会が一元的な対応をするためには、国連がマグニツキー法を執行しなければならないが、「国連は制度的にすでに失敗している」と指摘。安全保障理事会の5つの常任理事国にはロシアと中国が入っている。さらに人権侵害の疑いがもたれている南スーダンやサウジアラビア、ベネズエラが国連人権理事会に加盟している。「彼らは、あなたが協議したいものをすべて拒否する。国連ではできない」
このため、協調できるすべての国でマグニツキー法を制定し、人権侵害者や腐敗高官の自由を制限するため、パッチワークのように繋ぐ必要があるとした。将来的には、国際的な連帯のために、年次マグニツキー・サミットを開催し、各国の制裁案をまとめることもできると語った。
(佐渡道世)