(ujeans/Pixabay)

【漢詩の楽しみ】山居秋暝(さんきょしゅうめい)

空山新雨後

天氣晩來秋

明月松閒照

清泉石上流

竹喧歸浣女

蓮動下漁舟

隨意春芳歇

王孫自可留

 

 空山(くうざん)新雨(しんう)の後、天気晩来(ばんらい)秋なり。明月松間(しょうかん)に照り、清泉(せいせん)石上(せきじょう)に流る。竹喧(さわが)しくして浣女(かんじょ)帰り、蓮動いて漁舟(ぎょしゅう)下る。隨意なり、春芳(しゅんほう)の歇(や)むこと。王孫(おうそん)自(みずか)ら留(とど)まるべし。

 詩に云う。人の気配もない奥山に、さっと降った雨が、いま上がった。そんな澄みきった夕暮れの天気は、ますます秋らしい。松の枝を通して照らす月明り。清らかに湧く泉は、石の上をさらさらと流れる。竹林の向こうに声がするのは、洗い物をする娘たちが帰っていくところ。水面の蓮が動くのは、漁民の小舟が下ってゆくから。そんな山住まいの秋の趣きの前にあっては、比べものにならぬ春の芳しい花など、枯れ散ってしまえ。もっとも、春の花が枯れても帰らなかったという、あの王孫なら、ここに留まるだろうけどね。

 盛唐の詩人、王維(おうい 699~759又は701~761)の作。漢詩をよむ楽しみを虚構的世界の興趣にしぼるなら、王維の詩は、うってつけだろう。彼の詩に描かれたものは、人生の苦しみや悲哀などではなく、ただ思いのままに風流を味わい楽しむ、栄達と教養の二道を極めた人のみが独占する理想世界だからだ。

 話が前後した。王維は、少年の頃から容姿も良く、書画や音楽にもすぐれており、それだけでも十分であるのに、とりわけ詩才が抜きんでていた。この早熟の天才は、もちろん官僚として人も羨むほど出世したが、趣味人としても大いなる成功者であり、自身が所有する別荘の敷地内に思うままの景観を現出してみせた。

輞川荘(もうせんそう)というその大庭園には、山も森も渓谷もあり、大自然の森羅万象が映ずるようにしつらえてあった。表題の詩も、本当の山中ではなく、実は彼の庭のなかにある仮想風景なのである。

 時は開元の治と呼ばれる、唐王朝の最盛期のころ。官吏登用試験である科挙はあったものの、六朝以来の門閥貴族社会の名残もとどめていて、そうした上流階級のつどうサロンの文芸として漢詩文があった。科挙の試験科目に作詩があったことも、この時代の詩の発展を促進した。ただ、それ以上に、人間同士の友情のなかで詩のやりとりをする文化を定着させた意義のほうが大きい。もしも中国に漢詩がなかったとすれば、なんと味気ないものになったか。そのことを、後世の中国人と、こうして二次的ながら漢詩を共有できる私たち日本人は、心から喜ぶべきであろう。重ねて言えば、静謐な詩境からはるか遠ざかった現代中国の惨憺たる様相を、嘆き悲しまずにはいられない。

 王維の輞川荘は、広大なものであった。それゆえに、日本人が狭い茶室を大宇宙に見立てて侘び茶の風雅を楽しむ感覚とはだいぶ異なるのだが、それを承知の上で「山居秋暝」つまり「山住まいの秋の夕暮れ」を目に浮かべて味わいたい。

 「浣女」「漁舟」など、詩中にでてくる小道具は全てが実景ではないだろうが、大邸宅の手入れをする使用人や下女は多くいたはずなので、本当に「人の気配のない奥山」ではない。ただ、人の姿を詩中に見せず、さざめく声や水面の動きで表現しているところが心憎い演出である。ちなみに「浣女」は、川で洗濯する老女では無粋なので、絹を水にさらす浣紗(かんしゃ)の娘たち、と読みたい。

 余談ながら、王維の唐代から約1200年さかのぼる春秋時代、今日の浙江省紹興にあたる場所に東西の村があり、その西側の村に、施夷光(しいこう)という娘がいた。ある日、施夷光が川で洗い物をしている姿があまりに美しかったので人に見出され、やがて越王・勾践(こうせん)によって、敵対する呉王・夫差(ふさ)に政略物として送られる。中国四大美女のひとり、西施(せいし)の伝説がここに始まるのだが、おそらく文学の通例として、「浣女」のイメージは絶世の美女である西施を連想させるのであろう。

 「王孫」は字義からすれば王の孫、つまり「若君さま」なのだが、これも『楚辞(そじ)』という紀元前の古い詩集に典拠がある。漢詩のなかでも、特に唐代の作品を唐詩と呼んで称賛するが、中国の文芸は、唐より千数百年の時間をさかのぼってでも典拠や故事を求めようとする。まことに気の長い趣味だなあと呆れるが、そこがまた良い。

(聡)

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