上岡龍次コラム

INF全廃条約破棄で無力化される中国の接近阻止戦略

ソ連と米国が結んだ中距離核戦力全廃条約が、破棄通告から6カ月後の8月2日、破棄された。ソ連崩壊後もロシア連邦が条約を継続したが、トランプ米大統領が不満を持ち破棄。これで世界は中距離弾道ミサイルを巡り策略の世界に突入した。

漁夫の利を得ていた中国

米国は中距離核戦力全廃条約(中距離核戦力・Intemediate-range Nuclear Forces、INF)に縛られて中距離弾道ミサイルを保有していない。条約が結ばれた時代は良かったのだが、その後、中国は経済発展した。これで中国軍の核戦力が向上し、中距離弾道ミサイルで米軍を攻撃可能な状態までに変化した。

トランプ大統領が不満を持つのは当然。条約が結ばれた時代と現代では適合しなくなった。中国は条約を悪用して中距離弾道ミサイルを保有し、空母キラー、グアムキラーと呼ばれる弾道ミサイルで恫喝する様になった。

米軍は条約に縛られて中国を攻撃できないが、中国は条約を無視して米国を攻撃可能。トランプ大統領は、これでは米国が一方的に不利だと怒ったのだ。

中国の接近阻止戦略

中国の接近阻止戦略は、中距離弾道ミサイルの空母キラー、グアムキラーを用いた遠距離攻撃が土台。中国本土に接近する米空母艦隊を、空母キラーを用いて攻撃する。さらに後方支援基地であるグアムを攻撃することで、米空母艦隊の兵站線を遮断する。

米空母艦隊は兵站線を遮断されて補給が困難になる。そして空母キラーの攻撃で艦隊は消耗する。さらに接近した米空母艦隊を中国の潜水艦隊で迎撃。その後、弱った米空母艦隊を、中国の空母艦隊と本土から発進した戦闘機隊が撃破する。

大ざっぱには、米軍の射程圏外から一方的に攻撃し弱体化させる。これが接近阻止戦略の土台。これは米軍が中国を攻撃できる中距離弾道ミサイルを保有していないから成立した。

消し飛んだ土台

だが状況が変化した。中距離核戦力全廃条約が失効したことで、米軍も中距離弾道ミサイルを保有可能になる。すると中国も米軍の中距離弾道ミサイルの射程圏内になる。お互いに攻撃可能な状態になる。

これで中国の接近阻止戦略は土台から消し飛んだ。中国の空母キラー、グアムキラーは一方的に攻撃できるから成立した。だが米軍も中距離弾道ミサイルを持つことで、段階的に米空母艦隊を攻撃できない。

米国は中距離弾道ミサイルを「数カ月以内にアジアに配備する」と発言。これはブラフと思われるが、短距離弾道ミサイルのMGM-140 ATACMSを二段式ロケットにすることで対応する可能性が有る。仮に新型であれば、米国は密かに研究開発していたことになる。

中距離弾道ミサイルならば、射程2000kmで十分。これをアジアに配備すれば、これだけで中国の接近阻止を無力化できる。MGM-140 ATACMSを二段式ロケットにして、「射程2000kmだ」と公言すれば良い。

これの真偽は不明。だがATACMSの性能は明らかであり命中精度も高い。これが二段式で射程を伸ばせば中国としては無視できない。射程の真偽は不明でも、配備されたら接近阻止戦略は無価値になる。

中国の戦略を無力化する米国の中距離弾道ミサイル配備

米軍はミサイル防衛システムの配備を進めている。これで中距離弾道ミサイルを配備すればどうなるだろうか?米軍は攻撃と防御をワンセットで運用可能だ。それに対して中国は攻撃しかできない。

上昇段階:発射直後の上昇段階

中間段階:水平飛行段階

終末段階:目標に落下する段階

弾道ミサイルを迎撃するには、上昇段階・中間段階・終末段階に分けられている。これは、今の米軍は中間段階と終末段階の迎撃能力を獲得している。それに対して人民解放軍は、終末段階の迎撃すら難しい段階。

今の人民解放軍は米軍の弾道ミサイルを迎撃する能力は無いに等しく、終末段階の迎撃すら対応できない。これは部隊配備で対応できるとしても、人民解放軍は終末段階の迎撃しか行えない現実が有る。

米軍が中距離弾道ミサイルをアジアに配備すれば、人民解放軍は米軍の弾道ミサイルを迎撃する対応に迫られる。終末段階の迎撃に対応できても、中間段階の迎撃には対応できない。何故なら西太平洋で迎撃するシステムも部隊も存在しない。

だから人民解放軍の接近阻止戦略は、米軍が中距離弾道ミサイルを配備するだけで無力化される。これが原因で中国共産党は、米軍の中距離弾道ミサイル配備を批判した。それだけ接近阻止戦略は欠点を抱えていたので、中国共産党は世界に宣伝したのだ。

弾道ミサイルを迎撃できない中国軍

人民解放軍と米軍が中距離弾道ミサイルを撃ち合えば、双方が弾道ミサイルの雨を降らす。だが米軍はミサイル防衛システムで迎撃するから被害を軽減できる。それに対して人民解放軍は弾道ミサイルの多くを迎撃できない。

米軍はミサイル防衛システムを用いて、人民解放軍の弾道ミサイルの第二波・第三波を迎撃できる。だが人民解放軍は迎撃できないので、米軍の弾道ミサイルの第二波・第三波を迎撃できないのだ。

アジアに平和が

米軍がアジアに中距離弾道ミサイルを配備することは、中国共産党が進める拡張政策を阻止できる。人民解放軍の攻勢用の接近阻止戦略は無価値になり、今度は防勢用の戦略を強制される。

米軍と人民解放軍の軍事バランスが崩れたから、いままで中国共産党は覇権を拡大できた。だが米軍がアジアに中距離弾道ミサイルを配備すれば、中国共産党の覇権拡大を阻止できる。これはバランスが維持できるので、アジアに平和をもたらすことを意味する。

 


筆者:上岡 龍次(Ryuji Ueoka)

プロフィール:戦争学研究家、1971年3月19日生まれ。愛媛県出身。九州東海大学大学院卒(情報工学専攻修士)。軍事評論家である元陸将補の松村劭(つとむ)氏に師事。これ以後、日本では珍しい戦争学の研究家となる。

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