無学から国士となった名将 呂蒙

呂蒙(りょもう、178年―219年)は三国時代の呉の英雄であり、大都督まで上り詰めた人物です。しかし彼の家は貧しく、小さい時から字を読めませんでした。その後、彼は努力して知識を身に着け、最終的には戦わずにして関羽を生け捕りにしました。

15歳の時、非常に度胸がある彼は「虎穴に入らずんば虎子を得ず」と豪語して、姉婿である鄧当の軍に入って戦いました。その後、呂蒙は孫権の配下に入り、功績を次々と挙げていきました。段々と要職に就いた呂蒙でしたが、全く無学であったため、皆から「呉下の阿蒙(呉の国にいる無学な子供)」と呼ばれていました。

この状況を見かねた孫権は呂蒙に学問を勧めました。そして、歴史の教訓をたくさん汲み取れば視野も広くなれると説きました。そこで、呂蒙は勉強を始めました。書物を手ばなさず、日々勉学に励むことで、有名な儒者にも勝るほどの学問を身につけました。呂蒙は孫権から「国士」と称賛されました。

▶ 続きを読む
関連記事
恋煩いで半年も食べられなくなった女性。名医が見抜いたのは、体の病ではなく「考えすぎ」でした。心と胃腸をつなぐ中医学の知恵をご紹介
肌のくすみ、抜け毛、疲れやすさは「気血不足」のサインかもしれません。中医学の視点から、食事・睡眠・運動で内側の活力を整える方法を紹介します
森を歩いたり、緑を眺めたりすると、なぜか心が落ち着く――その感覚には、科学的な理由がありました。自然に触れることで脳のストレス回路や注意力に起こる変化とは?わずかな時間でも得られる意外な効果と、日常に取り入れる方法に迫ります。
ハーブは飾りではなく、栄養豊かな「食材」にもなります。ペルシャ料理に学ぶ、抗酸化物質とポリフェノールを毎日の食事で増やす工夫を紹介します
小さなランタナは、互いに争わず、それぞれの時に咲く。人と比べず、自分の色と出番を信じて生きることの美しさを見つめます