曽錚コラム:北京大大学院卒なのに「チベット問題」何も知らず 講演で赤っ恥
この「残念な」写真は私が中学校に上がったころのものだ。この時のカメラマンはとても手際が悪く、私たちが踊っている間のいいショットを逃すわ、踊り終えてから私たちにポーズを指示するわで、いつまでたってもいい写真が取れなかった。イライラしてポーズを取るのをやめてしまった子もいる中、3人だけはまだ頑張っていたが、そのうち2人の顔は苦痛でゆがんでいた。その1人が、後列にいた私だ。
私たちが踊っていたのはチベット舞踊で、共産党が「チベット農奴」を解放したことに感謝し、その偉業を称えるという内容だった。30年以上にわたってこの踊りに使われた歌や、その他数多くの共産党の「偉大・光栄・正義」を宣伝する歌が私の中に深く刻み込つけられている。これらが記憶の底からいつなんどき飛び出してくるか、自分でもわからないくらいに。
私がチベットについて、いかに誤った知識しか持っていなかったかに気づかされたのは、35歳といういい年になってからだった。しかも、非常に恥ずかしい思いをして。
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