文・中原

亡国の音

隋の開皇初年、鄭訳などの楽工が楽音を制定した。文帝はそれを演奏する可否を名高い楽工の万宝常に尋ねた。万宝常は、その楽音は亡国の音であり、陛下にふさわしくないと献言した。文帝の不快を見て、万宝常は訳を述べる。

彼らが作成したものは、哀しみ憎み、淫蕩、放蕩、放縦不羈(ほうしょうふき)であり、雅かで純正な楽音ではない。彼はまた、楽器の調整を行うことを提案した。

勅令を受け、万宝常は多種の楽器を造り、声調を鄭訳らのものより二度ほど下げた。彼はまた『周礼』等の優秀な伝統を継承しつつ、『楽譜』六十四巻を著し、八十四の調、百四十四の律、千八百の声を創作した。優れた業績を多々上げたものの、彼が作った楽器は音色が淡いとして、世評を得なかった。

他の楽工の演奏を聴き、万宝常ははらはらと涙を流した。その訳を尋ねられると、彼は音声が淫蕩で、凄まじく、かつ哀しみ恨むものであり、この国で殺し合いがまもなく起こり、隋はそれによって滅びてしまうだろう、と話した。

当時、隋は全盛期にあったため、誰も彼の話に耳を傾けなかった。結局、大業末年になって、戦乱が四方に起き、隋はたちまち滅亡した。

『礼記』楽記にも「亡国の音」という記述がある。滅亡した国の音楽、とりわけ亡国の運命を暗示するかのような、みだらで哀れな音調の音楽のことだ。

『礼記』楽記では、音楽について社会と人間との関係を次のように述べる。およそ音楽の起源を考えれば、それは人の心の動きによって生ずるのであり、心の動きは周囲の物事が原因になっている。心が物に感応して動くために、それが音声として表現される、という。すなわち、退廃した社会が退廃した道徳を生み、退廃した道徳はまた亡国の音を生むのだ。人類文明史を顧みて明らかだが、文化の退廃は国の滅亡をもたらし、文化の隆盛は国を興隆に導くのだ。

習近平も「亡国の音」に不安なのか、昨年10月15日に催された文芸工作座談会で、文化の頽廃性を批判し、高雅な伝統文化の復興を呼びかけた。現体制の下では如何にしても不可能だが、その願いや注意喚起に拍手を送りたい。

現在公演中の神韻オーケストラの音楽は、高徳の雅楽とされ、聴衆は審美、感動と共に人性の昇華を得たと絶賛している。「亡国の音」を憂える人々には、神韻の営みは邪気を追い払う方途と共に、興国の方策をも示したのだろう。


コラムニスト プロフィール

中原・本名 孫樹林(そんじゅりん)、1957年12月中国遼寧省生まれ。南開大学大学院修士課程修了。博士(文学)。大連外国語大学准教授、広島大学外国人研究員、日本学術振興会外国人特別研究員等を歴任。現在、島根大学特別嘱託講師を務める。中国文化、日中比較文学・文化を中心に研究。著書に『中島敦と中国思想―その求道意識を軸に―』(桐文社)、『現代中国の流行語―激変する中国の今を読む―』(風詠社)等10数点、論文40数点、翻訳・評論・エッセー等300点余り。

関連記事
3年前の2021年9月9日、バイデン政権は「連邦職員に対するコロナウイルスワクチン接種の義務化」に関する大統領 […]
中国サッカーが衰退する一因は、賭博を支配する官僚と警察の影響。胡力任氏によると、賭けが普及し、体制下での腐敗が進行中。
中国の約40隻の艦艇が8月26日、西フィリピン海でフィリピン沿岸警備隊の旗艦への補給を妨害した。中共の国際水域での領有権主張がさらに激化する中、それに対抗するにはどうすればよいか
日本製鉄によるUSスチールの買収は、米国大統領選にも影響を与える重要な争点となっている。雇用維持や経営改善を提案する一方、米国内ではナショナリズムや歴史的背景から反対意見が強まる。米政府がこの買収を阻止する場合、どのような影響を及ぼすか
AIの急速な導入は、1990年代のデジタルトランスフォーメーションと類似しており、多額の投資を受けるテック企業が競争を激化させている。AIにはプライバシーや倫理的リスクが伴い、バイアスの問題も含まれる。組織にはAI統合のリスクもあり、データセキュリティが大きな懸念点である。