【大紀元日本7月14日】私はその日の夜、新宿三丁目辺りの所謂「歌舞伎町界隈」を流していた。この辺りは、地元の日本は勿論、中国、韓国、ロシアなどの黒社会が暗躍する、国内でももっとも危険度の高い地区だ。と同時に、最も華やかな色街でもある。歌舞伎町に隣接した職安通りには、ハングル文字が躍る看板が立ち並び、町行く人たちも韓国語をはじめとして中国語もよく聞かれるエスニックタウンだ。
暑い夏の夜の東の空が白みはじめた午前四時頃、私は界隈でもボッタクリで悪名高い、ホストクラブ「情恋人の花園」の前で、酒に酔いつぶれた若い女性を客として拾った。かなりケバケバしい服装と髪型なので、水商売関係の人なのだろう。車内に乗り込むと、「フー」と大きく溜息をつき、茶髪の長い髪を掻き揚げ、肉感的な身体を揺らした。真っ赤に塗った厚手の唇、濃い香水の匂い、若い女性特有の弾けるような熱気、それに酒気が混濁して車内は奇妙に濃厚な色気を充満させている。
「・・東麻布まで・・」というので、職安通りを抜けて東新宿の交差点から大久保通りに入って南下する。途中、信号待ちになったので、くだんの通り時間を短縮する。「・・・お客さん、そんなに夜遅くまで飲んで歩くと、肝臓には勿論・・腎臓、心臓にだってよくないですよ・・」と言って忠告してやる。すると、そんなことには興味はないとでもいいたげに、ボーッとして車窓の外を眺めている。するとやおら「あー!私の人生って一体なんなのかしら!・・・私が酔った男から騙し取ったお金を・・今度は私がホストに入れあげて・・必ずあの男はモノにするわ・・・お金を掛けたんだから・・」と呟いて、瞳に情恋の炎を燃え立たせた。
詳しく聞くとこの女、キャバクラで働いていい成績を残し小銭を溜め込んだのだが、憂さ晴らしに入ったホストクラブ「情恋人の花園」のナンバー・ワン「ムクゲ」に入れ揚げてしまったのだという。「・・・もう外車も送ったし・・現金だけでも○○万円もつぎ込んだわ・・でもお金がなくなった途端に冷たくなったの・・・ムクゲは冷たい・・」と能天気なことを言っているが、とても深刻な様子だ。「・・お客さん・・ホストといったってね・・所詮は男ゲイシャなんだ・・商売なんだから本気のわけないじゃないですか・・・それよりもね、苦瓜でスープを作ると暑気払いになるし、肝臓にもいいんですよ・・特にお客さんのように商売で酒を飲む人は・・・」と言っていると、私の漢方談義に退屈したのか、いつの間にやらスヤスヤと寝入ってしまった。
車内ミラー越しに「寝顔はまだまだ無垢な子供のようだな・・」と思って見ていると、金遁雲はいつの間にやら外苑を抜け、青山墓地を望むところまで来ていた。すると突然、「・・・うぅ・・苦しい!・苦しい!・・」と女が呻き出し、胸を抑え始めた。額には脂汗が滲んでいる。私は急遽、車を墓地前の大通りに停めると、運転席越に女の手をとってその脈を診た。まるで、和太鼓のように早鐘を打ち、心筋梗塞の呈をなしている。
すると、「うん!?・・」脈を取る私の手に、まるで細かいガラス片のような鋭利な気が突き刺さるのを感得した。「・・・これは呪いだ・・この女は呪いを受けている・・」私は、とっさに「・・すぐ楽になるからね・・」とまず安心させ、その背中に指で神気を込め、「・・・玉帝救急如律令・・在東方日本・・呪術壊滅・・」と念書した。これは言わば、私が一時的に身代わりになる形なのだが、二十四時間しか保障できない。
私は、近くの救急指定病院である広緒病院にこの女を収容すると、容態も安定したので、しばらくベッドの傍で付き添ってやることにした。女は、さっきまでの生死の地獄沙汰が嘘のように寝入っている。そして午前中の朝日も高く昇り、十時頃になったころだろうか・・ふと気が付くと、女がベッドに身を起こし、携帯電話を片手になにやら嬉しそうに話込んでいる。「・・・うん、そう・・夕べは死にそうだったんだから・・ムクゲ~、見舞いに来てくれる?・・広緒病院の401病棟よ・・」。現金なもんだ!
半時もして、なにやら四階病棟全体がキャーキャーと騒がしくなった。「米国のタレントでも来たのか?」と思ったが、果たしてそれがムクゲだった。401病棟に入るなり、長身美顔の茶髪を掻き揚げ、あたり一体に高そうな男性高級化粧品の匂いと若い男の精気を発散させている。年は三十前後程か、なるほど、これは一見極東の貴公子だ。しかし、骨格が何か日本人男性のそれでもなく、中国人のものでもない・・むしろ「北」の血筋なのか?顔色は確かに美しく笑っているが、全身から何の温かみも感じられないオトコだ。
看護婦たちも含め、周囲の女たちの騒ぎにもよそよそしく、このオトコは客の女に何やら耳元で囁くと、臆面もすることなく、女の髪を掻き揚げ、頬に接吻した。すると傍らの私に気が付いたのか、「・・誰だ?このサルみたいな漢は!?・・」などと言っている。女が「私を助けてくれたタクシーの運転手さんよ~」と暢気に言うと、私をチラッと一瞥し、「・・ちぇ!なんだ雲助か」と吐き捨て、何やら忙しそうにさっそうと病室を後にした。
客の女はすっかり上気し、「・・・ね!とっても素敵でしょう。まるで白馬に乗った王子だわ・・わたしのわたしだけの王子さまだわ・・」などと戯言を言っている。私はその間、左上方を見つめながら「・・・それにしても一体、あのオトコ・・人間の霊気がまったくなかった・・むしろ邪神に近いような・・それも冷たく尋常でない・・死神が変態したような・・」と述懐していた。私は何か、得体の知れないものを感じつつ、女の病室を後にした。
その夜、私が行きつけの青山墓地近くの柳麺屋で遅い夜食を済ませ、金遁雲の中で休んでいると、午前一時を回った頃だったろうか、車全体に「ピシ・・ピシ・・」と得たいの知れない無形の圧力が掛かり始めた。すると金遁雲のサイドウィンドーにビシッと亀裂が入り、その瞬間に何やら左胸にチクリとするものを感じた。それは時間の経過とともに、まるで精が凝った私の鋼鉄の霊体にダイヤモンドのような錐をキリキリと差し込むような痛みだった。
「・・・なんだ、これは一体全体?・・・」、今度は私自身が心筋梗塞の呈をなし始め、苦しくなってきた。心臓が縄で縛り付けられたようになって、額には大汗、スタミナも消耗していく。「・・・このままでは危ない、やられる・・」同業者を呼ぼうと窓を開け放したが、声が出ない。「・・もう駄目なのか・・帰山これで一貫の終わりなのか?・・・私はヒトを助けるのに、ヒトは誰も私を助けてくれないのか?・・・」遠のく意識の中で、私は誰かの救援を一心に求めた・・・・
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