1912年、ミシシッピ州マウンドバイユーで演説を行うブッカー・T・ワシントン(Everett Collection/Shutterstock)

ブッカーTの倫理

論説

労働者の日(レイバー・デイ)が過ぎたばかりの今こそ、尊厳ある労働を説いた偉大な使徒を思い起こすべき時である。その使徒とは、奴隷として生まれ、1900年までには世界でおそらく最も有名なアメリカ人となった人物、ブッカー・T・ワシントンである。彼の生涯は『奴隷より立ち上がりて(Up from Slavery)』に記されており、今なお高校のアメリカ史や文学の授業で課題図書として扱われているが、それは当然のことだ。彼のメッセージは、かつてないほど今まさに求められている。

名声を得て各地を旅しながらも、ワシントンは人生の大半を教育に捧げた。1876年にレコンストラクション(南部再建期)が終焉を迎えた後、彼はある教育構想を考案した。それは、黒人の進歩を妨げ、公共サービスや公共空間への平等なアクセスを拒む「ジム・クロウ法」が存在する中にあっても、解放された黒人とその子どもたちが、生産的な市民として誇り高く幸福な人生を歩み、アメリカ社会へと加わっていけるようにするための計画であった。当時の南部は、白人と黒人に分断されているだけでなく、白人社会の内部でも没落しつつあるプランテーション貴族、商人階級、労働者階級、そして「プア・ホワイト(貧困白人層)」へと細分化されたカースト社会であった。そのような中で、黒人はいかにして生活を築くための現実的な足場を見出すべきだったのか。

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