中医学では「気」や「陰陽五行」、そして「気の昇降」といった概念がたびたび登場します。一見すると難しそうに思えますが、実はその本質はとてもシンプルです。なぜなら、中医が行う治療とは、陰陽と五行の働きを通じて人体の「気候」を整えることだからです。
中医では、病気のことを「病候」と呼びますが、これは自然界で起こる異常気象とまったく同じ理屈です。つまり、病気とは人体という小宇宙の中で起こる「気候の変調」なのです。
自然界の気候が寒すぎたり湿りすぎたりすると草木や動物に影響を与えるように、人体でも気の流れが滞ったり、陰陽のバランスが崩れたりすれば、体調不良や病が生じます。したがって中医の治療とは、乱れた体内の気候を再び穏やかで調和の取れた状態に戻すことを目的としています。
この考え方を理解すると、食事や生活習慣の整え方もぐっと分かりやすくなります。たとえば、五行に基づいた食材の組み合わせを意識すれば、自然と体内の気の流れを整えることができるのです。文末では、その一例として「五行豚汁」を紹介します。
「気候」「三候」と人体の関係
「気候」という言葉自体、もともとは古代中国の「節気」と「三候」という暦の考え方から生まれたものです。古人は天地の変化を観察し、一年の陰陽の移り変わりを24の節気に分け、さらに各節気を3つの「候」に分けて五日ずつ、合計72候として季節の推移を見ていました。
たとえば、草木が芽吹く時期、虫や鳥が活動する時期、風や雨の移り変わり――すべてが一定のリズムで巡ります。「節」とは節度、「気」とは天地の陰陽の働きのこと。「節気」とはまさに、天地の陰陽が入れ替わる節目、つまり気の運行の切り替わりを示すサインなのです。

したがって、「気候」とは「気の節候」、すなわち天地の陰陽が動く秩序であり、生命が育ち、休み、また育つという循環の法則そのものを指しています。
気候には2種類あります。ひとつは自然界の気候、もうひとつは人体の気候です。古代の人々は、人の体をひとつの「小さな宇宙」と見なし、宇宙全体を「巨大な人体」として捉えました。自然界と人体は気の流れでつながっており、その変化は互いに影響し合うと考えたのです。
そのため、人が病気になるというのは、体の中の気候が乱れた状態であり、治療とはその乱れた気候を本来の調和に戻すことを意味します。天地の法則はそのまま人体にも宿っており、それを理解すれば、「陰陽五行」の理は決して神秘的なものではなく、自然の摂理そのものだということがわかります。
人体の「気候」はどのように巡り、どう整えられるのか
人が病気になるというのは、つまりこの「小宇宙」である人体の気候が乱れた状態を指します。では、なぜ気候は乱れるのでしょうか? また、気候はどのように変化し、どんな仕組みで整えられるのでしょうか? それを理解するには、まず人体という宇宙の構造と運行の法則を知る必要があります。
『黄帝内経』には、「人は天地の気をもって生じ、四時の法をもって成る」と記されています。ここでいう「天地の気」とは、陰と陽という二つの気を意味します。陰陽の気は、エネルギーであると同時に物質でもあり、流動しながら循環しています。
この陰陽の運行の仕組みが、すなわち五行の循環系です。木・火・土・金・水が順に働き、気の流れ(気機)の昇降を生み、四季の変化を作り出します。
土は中央にあり四方を調和させ、季節の循環を保ちます。
春は木に属し「生」を主り、陽気が芽吹き始める時期。
夏は火に属し「長」を主り、陽気が最も盛んな時期。
秋は金に属し「収」を主り、陽気が沈み始める時期。
冬は水に属し「蔵」を主り、陽気が内に潜む時期です。
陽気は春夏に上昇し、秋冬に下降します。これはまるで太陽の動きのようで、太陽が東から昇り西に沈むその軌道こそ、四季の気の昇降を象徴しています。
中医学では、人体の陽気にも「左は昇り、右は降りる」という原理があると考えます。左側の肝は上昇を司り、右側の肺は収斂と下降を司ります。つまり、「肝」「心」「脾」「肺」「腎」という言葉は単なる臓器の名前だけではなく、それぞれに対応するエネルギーの働き(五行の気のシステム)を指しています。これらが連携し、人体の気機を保っているのです。
一日の中でも、人体の中には小さな四季の循環があります。朝は春のように陽気が昇り、 昼は夏のように盛んになり、 夕方は秋のように静まり、 夜は冬のように沈んでいきます。
肝と心が陽気を上げて朝から昼にかけて人を活発にし、肺と腎が陽気を沈めて夜の休息へと導きます。これは、地中の水が「冬は暖かく、夏は涼しい」性質を持つのと同じで、冬に陽気が地に隠れるからこそ寒さの中にも温かさが保たれるという自然の理と一致しています。
この陰陽五行のシステムが絶えず働き続けるのは、「相生」と「相克」というバランスによるものです。相生とは、五行が自然に入れ替わりながら陽気を循環させていく流れ。相克とは、五臓の働きの偏りを防ぎ、全体の調和を保つ調節機構です。
この相克がうまく働いていると気の流れは順調で、身体は健康でいられます。しかし、どこかでバランスが崩れると気候が乱れ、人体の気が滞り、病(病候)が生じるのです。
中医の治療とは、乱れた五行の流れを「正気」に戻す過程です。薬を選ぶときも、ただ症状を抑えるのではなく、薬の持つ気(薬気)の相生・相克を利用して、体内の気の偏りを整えることを重視します。薬の「気」で人の「気」を調える――これこそ中医の真髄です。
したがって、西洋医学の理論のまま中薬を使おうとすれば、その効果が十分に発揮されないのは当然のことです。まさに「牛の頭に馬の轡(くつわ)」です。
今は深秋、金の気が主導し、陽気がどんどん地中へ潜ろうとする時期です。つまり、陽気が冬の「水」に入って休む準備をしている段階です。この季節の養生の要は、肺を守り、腎を養うことにあります。下降する陽気が無理なく体内に沈み、しっかり蓄えられるようにするのです。
もしこの自然の流れに逆らい、陽気を浪費したり、陰陽のバランスを乱したりすると、病を招きやすくなります。したがって、深秋の養生法は「養陰藏陽」、すなわち陰を養い、陽を守って蓄えることが大切です。自然界の陰陽五行の循環に順応し、人体の気候を天地の気候と調和させることができれば、一年を通して気は穏やかに巡り、病は生じません。
秋から冬への移り変わりと、食による養生の道
深秋を過ぎると、天地の気は徐々に収まり、内へと蓄えられていきます。人体の陽気もそれに呼応して下降し始める時期です。このときに、辛いものや刺激の強い食べ物、体を熱くするものを多くとったり、夜更かしを続けて気を消耗すると、肺や喉が乾いたり、咳が出たり、眠れなくなったり、腰や膝にだるさを感じたりといった症状が出やすくなります。
『黄帝内経』にも「秋冬は陰を養い、気を蔵するに従うべし」とあります。つまり、自然に順応するには、身体にも「収めて、蓄える」ことを覚えさせることが大切なのです。肺の気をしっかり下降させ、陽気を腎へ導き、腎の水の力でその陽気と精気を内に封じる――それが秋冬養生の核心です。
そのため、食事の要点は「潤肺補金・養腎固陽」。五行の気が円滑に上下し、調和して循環するように整えていくことが目的です。
秋冬五行豚汁——気を調え、陽を蔵する滋養の一椀(4人分)

この豚汁は「金の気が収まり、水の気が芽生える」深秋の性質をもとに、肺を潤し腎を養い、気の流れを整えながら陽気を静かに沈めることを目的にしています。
全体の構成は、「昇」「降」「蔵」「中」の4つの段階を意識し、五行の気が滞りなく循環するように組み立てられています。
一、食材と気の理
- 豚バラ肉 200g:主材。水に属し、脂を含むため陰を養い陽を潜らせ、腎を補い蔵を整える。「蔵気」の中心。
- 大根 150g:金に属し、清らかで潤いをもたらし、肺の気を下げて痰や乾きを和らげる。秋の気を本来の方向へ導く。
- ごぼう 80g:木に属し、軽く昇る性質で肝気を通じ、滞りを解く。陽気がこもらずスムーズに流れるようにする。
- にんじん 80g:やや火気を帯び、温かいが燥しすぎず、脾の陽を助けて甘みを加え、全体をまろやかにする。
- しいたけ 3枚:土に属し、中央を調えて気を補い、五行全体のバランスをとる。
- こんにゃく 100g:清く滑らかに下り、老廃を流しつつ、蔵する働きを助ける。気を収めながら停滞を防ぐ。
- 里いも 100g:脾を補い胃を整え、上下をつなぐ「軸」の役割を果たす。
- ねぎ 2本・しょうが 3枚:少量加えて軽く陽を動かし、深秋で気が下がりすぎるのを防ぐ。肝の抑えをゆるめる働き。
- 味噌 大さじ2:全体の味を調え、脾を養い、中央を支える「中気」の要。
- 出汁 800ml(昆布+かつお節):五行全体を貫く基盤として調和を生む。
二、気の昇降を調える理
この汁の妙は、「上がる中にも下がりがあり、下がる中にも蓄えがある」ことにあります。
ごぼう・ねぎ・しょうががわずかに陽気を上げ、肝の気を通して滞りを防ぐ。
大根としいたけが気を下げ、肺金の収斂を助けて下降を円滑にする。
豚肉とこんにゃくが気を腎に潜らせ、陽気を内に収めて浮き上がりを防ぐ。
里いもと味噌が脾の土を調え、上がりすぎず下がりすぎず、すべての流れを整える。
これこそ『内経』にある「升降出入、無器不有;升降失常、則気機錯乱(昇降出入り、器にあらざるはなし。昇降が乱れれば気機も乱れる)」という理の実践です。
三、作り方
- 出汁をとる:昆布を30分ほど水に浸し、沸騰直前で取り出してかつお節を加え、5分置いてこす。
- 香りを立てる:鍋にごま油を熱し、しょうが・ねぎを炒め香りを出し、豚肉を加えて軽く色づくまで炒める。
- 根菜を加える:大根、ごぼう、にんじん、しいたけ、里いもを加えて軽く炒め、香りをなじませる。
- 煮る:出汁を注ぎ、こんにゃくを入れて弱火で15分ほど煮る。野菜がやわらかくなればOK。
- 味を整える:味噌を溶き入れ、2分ほど軽く煮て仕上げる。沸騰させない。仕上げに刻みねぎを散らす。
四、味と気の調和
最初のひと口は温かくまろやかで、しょうがとねぎの香りが軽く陽を動かしながらも、決して燥しません。
次に大根としいたけの清らかな気がゆるやかに下降し、肺の気を整えます。豚肉と味噌は腎を潤し陽を蔵し、体を内から温めますが重くはありません。
全体の五行は自然に呼応し、木は疏(のびやか)でありながら過ぎず、金は潤って寒すぎず、水は蔵して滞らず、土は和して詰まらず、火は温かくして燥せず。
まさに『内経』の「秋冬養陰、以従其蔵(秋冬は陰を養い、気を蔵するに従う)」の理にかなった一椀です。「人体の気候が天地の気候と調和すれば、陽気は穏やかに潜み、陰気は滋養され、百病は生じない」
(翻訳編集 華山律)
ご利用上の不明点は ヘルプセンター にお問い合わせください。