戦国時代(紀元前407~310年頃)に活躍した中国の名医・扁鵲(へんじゃく)が、斉の桓公(かんこう)を診察した際の逸話があります。扁鵲は「あなたは皮膚に病があります」と告げましたが、桓公は「自分は病気ではない。このやぶ医者は金が欲しいだけだ」と取り合いませんでした。
5日後、再び扁鵲は「病は血管に入りました。このままでは深刻です」と警告しましたが、桓公は不快そうに無視しました。さらに5日後、扁鵲は「病は腸に入りました。状況は危険です」と告げましたが、それでも桓公は耳を貸しませんでした。さらに5日後、再び会ったとき、扁鵲は何も言わず立ち去りました。理由を問われると「病は骨髄にまで入り、もはや治せません」と答えたのです。その5日後、桓公は重病に倒れ、やがて亡くなりました。その頃には、扁鵲はすでに斉の国を去っていました。
『史記』によれば、扁鵲には臓腑の不調を症状が現れる前に見抜く特異な力があったとされています。後世の医師が彼のような「透視の力」を持っているわけではありませんが、中医学は「望(観察する)・聞(声や匂いを診る)・問(質問する)・切(脈を診る)」といった診断法を発展させ、患者の体質や病気の兆候を早期に把握してきました。
中医学の中心には『黄帝内経』があります。この古典は何世紀にもわたって中医学の指針となり、「治療より予防が優先されるべきである」という思想を説いています。
五行で病を予測する
優れた医師とは、重い病を治す人でしょうか。それとも死の淵にある患者を救う人でしょうか。中医学において最も優れた医師とは、病の兆候を早く見抜き、経絡(エネルギーの通り道)や臓器を治療して病の進行を食い止められる人です。
中医学では人体を自然と密接に結びついた小宇宙ととらえ、臓器同士が動的に関係し合うと考えます。五行(木・火・土・金・水)は、それぞれ肝・心・脾・肺・腎に対応し、診断や予防の指針となります。

感情と臓器のつながり
五臓にはそれぞれ対応する感情があります。肝は「怒」、心は「喜」、脾は「思(考えすぎや心配)」、肺は「悲」、腎は「恐」と結びつき、感情が過剰になるとその臓器に悪影響を及ぼします。
特に肝は感情の変化に敏感で、近年の研究では心理的ストレスが肝疾患による死亡リスクを高めることが指摘されています。
生み出しと抑制の関係
五行には「相生(互いに生み出す関係)」と「相克(互いに抑制する関係)」があります。相生では、木は火を生み、火は土を養い、土は金を生じ、金は水を導き、水は木を育てます。相克では、木は土を抑え、土は水をせき止め、水は火を消し、火は金を溶かし、金は木を断ち切ることで均衡を保ちます。
五臓の感情もこの関係でバランスをとります。喜は悲を鎮め、悲は怒を和らげ、怒は思を制し、思は恐を抑え、恐は喜を制するという循環です。
笑いで悲しみを癒す
元代の名医・朱丹溪(しゅたんけい)の逸話があります。ある若者が妻を突然亡くし、悲しみに打ちひしがれて健康を害しました。中医学では、悲しみが過剰になると肺を傷め、病気にかかりやすくなるとされています。
朱丹溪は薬を処方する代わりに、深刻な顔でこう告げました。
「問題がわかりました。あなたは妊娠しています。数日後に出産しますよ」
若者は驚いて目を瞬かせた後、大笑いしました。
「朱丹溪先生は男が妊娠するとでも思っているのか!」と。
その瞬間、部屋に久々の笑い声が響きました。その後も若者はたびたび思い出しては笑い、気持ちが明るくなるにつれて体力も回復し、やがて悲しみは完全に癒えました。
朱丹溪は、五行の相克関係を巧みに応用し、悲しみを「喜び」で打ち消したのです。薬を用いず、笑いで病を治した例といえます。
節制を欠いた者は救えない
いかに名医でも、欲望のままに生き、自律を欠いた者を救うことはできません。
賢明な医師は薬を処方する前に、患者に徳を養う生活習慣を教えます。唐代の名医・孫思邈(そんしばく)は『備急千金要方』の中でこう記しています。
「徳と行いを養わなければ、神薬も寿命を延ばすことはできない。逆に、日々徳を積めば福は自然と訪れ、長寿につながる。これこそ養生の本質である」
現代科学もこれを裏付けています。感謝や思いやり、自己抑制といった美徳を育むことは、生活習慣の改善、感情の安定、睡眠の質向上、運動量の増加、社会的つながりの強化を促し、総合的な健康を高めるとされています。
2024年7月に『JAMA Psychiatry(米国医学雑誌)』に掲載された研究では、平均年齢79歳の米国の高齢女性約5万人を対象に調査が行われました。その結果、感謝の気持ちが強い人は死亡リスクが9%減少し、心血管疾患による死亡率は15%低下することが示されました。心の健康が身体の活力に深く関わっていることを裏付けています。
しかし、欲望に溺れ、不健康な体となり、自省しない人について、孫思邈はこう述べています。
「聖人は、道を踏み外した者を助けるために薬を作った。しかし愚者は、何年も病に執着し、美徳を一つも実践せず、死ぬまで病にとらわれて後悔すらしない」
この記事で表明された見解は著者の意見であり、必ずしもエポックタイムズの見解を反映するものではありません。
(翻訳編集 井田千景)
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