NAD+の探求:本当に長寿の鍵となるのか?
NAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)は、細胞のエネルギー生成やミトコンドリアの機能、DNA修復などに関わる物質として注目されています。現在、NAD+のサプリメントが多く研究されているものの、試す前にNAD+の役割や長寿との関連についての現時点でのエビデンス、そして自然に体内のNAD+を増やす方法を理解することが重要です。
老化の仕組みを解明する中で、NAD+は有望な治療法の一つとして研究者たちの関心を集めています。
NAD+とは?
NAD+は、コエンザイム(補酵素:コエンザイムQ10とは別のもの)と呼ばれる小さな分子で、酵素が働くための触媒として重要な役割を果たします。体内のすべての細胞に存在し、細胞内でエネルギーを運搬する役割を担っており、生命活動の維持に欠かせない存在です。
NAD+は、さまざまな代謝プロセスに関与し、私たちが摂取する食べ物を細胞のエネルギー源へと変換するのを助けています。具体的には、細胞が利用できる最終的なエネルギーであるアデノシン三リン酸(ATP)の生成に不可欠であり、NAD+がなければATPは生成できません。このように、NAD+はすべての細胞が活動するための基盤となっているのです。
NADとNAD+の違い
NAD+は体内で「機能的な形」としてのNADで、これらの用語が混同されることもありますが、実際には同じ分子ではありません。
「長寿や細胞の健康、エネルギーに関して重要なのはNAD+です」と、ボストンで再生医療と長寿医療のクリニックを運営するAeonic Healthの創設者、オレル・スウェンソン博士は述べています。
研究によって、年齢とともにNAD+のレベルが自然に低下することが確認されており、中年に差し掛かる頃にはNAD+のレベルは若い頃の半分程度にまで減少します。
スウェンソン博士は、「NAD+のレベルが加齢に伴い下がるのは、DNA損傷の蓄積やミトコンドリアの効率低下が原因であり、これらがますます多くのNAD+を必要とするためです」と説明しています。
NAD+補充方法
NAD+レベルを回復する方法には、経口サプリメント、鼻用スプレー、経皮パッチ、自己注射、点滴療法などがあります。これらの方法の主な違いは体内への吸収経路で、一部の方法は他に比べて速く、より効果的とされています。
「NAD+自体は経口で効果的に摂取できるサプリメントではありません。経口摂取の場合、吸収率(バイオアベイラビリティ)が非常に限られています」とスウェンソン博士は説明しています。
そのため、NAD+補充法としては、点滴や皮下注射が人気を集めています。「経口サプリメントはNAD+レベルの増加が緩やかなのに対し、点滴や注射は速効性が高いですが、費用がかかり、医療従事者の管理が必要です」と博士は述べています。
さらに、「このような方法での投与は、NAD+の投与に精通した医療従事者と共に行うことが重要です。誤った方法で投与すると、吐き気や頭痛、疲労、低血圧といった副作用が出る可能性があるためです」と付け加えています。
NAD+の前駆体
前駆体とは、体内で化学反応を通じて他の物質に変わる分子のことです。NAD+を体内で生成するために利用される主な前駆体には、NMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)とNR(ニコチンアミド・リボシド)があります。NAD+自体は吸収しにくいですが、これらの前駆体はNAD+に変換されやすく、効率的に吸収されます。
「NMNはNAD+に変わるまでのステップが少なく(つまりNAD+に非常に近い分子構造を持つ)ため、NRと共に経口サプリメントとしても良好な吸収率を持っています」と、スウェンソン博士は説明しています。
2023年に『GeroScience』誌に発表された研究によると、NMNの補充により血中のNAD+濃度が上昇し、1日最大900ミリグラムまでの経口投与が安全で耐容性が高いことが確認されています。
また、NRは新しい形態のビタミンB3としても知られ、細胞レベルでNAD+の量を増やすために安全で効果的とされています。NRの経口サプリメントは、NMN製品と比較して手頃な価格で手に入ることが多い点もメリットです。
NAD+と加齢
スウェンソン博士は、長寿に関わるNAD+の役割を4つのポイントで説明しています。NAD+は補酵素として、体内のさまざまな酵素と相互作用し、以下の重要な働きを助けています。
ATP生成
NAD+は補酵素として他の酵素と連携し、細胞が使用するエネルギーの最終形であるATPの生成を促します。
ミトコンドリアの健康維持
ミトコンドリアはATP生成を行う「発電所」のような存在です。NAD+はミトコンドリア機能の維持や、新しいミトコンドリアを生み出すミトコンドリア生合成に欠かせません。
DNA修復
エネルギー代謝や炎症、寿命に関与するサーチュインというシグナル伝達タンパク質と相互作用することで、NAD+は加齢とともに蓄積する損傷したDNAの修復を促します。
炎症の抑制
NAD+は体内の炎症を抑える役割も持っています。年齢とともにNAD+のレベルが下がると、慢性的な炎症(インフラメイジング)が体内に蓄積しやすくなります。
『The International Journal of Molecular Science』に掲載されたレビューでは、NAD+の老化防止や健康寿命に対する効果は、細胞培養や動物モデルの研究に基づいており、今後の人間に対する研究が求められています。また、長期的な影響や適切な用量についてもさらなる検討が必要とされています。
「NAD+は万能薬ではありませんが、健康的に老いるための全体的な戦略の一部として考えるべきです」とスウェンソン博士は述べています。
NAD+レベルの測定
NAD+のレベルが高すぎると、逆に悪影響を及ぼす可能性があります。高いNAD+レベルはがんとの関連が示されており、免疫にも影響を与える可能性があるためです。現時点でがんとの関係に関する証拠は限られていますが、NAD+にはがんに対して二面性があり、がんの初期段階では保護的な役割を果たす一方、進行期にはがんを促進する恐れもあります。
『Nutrients』誌に発表された研究では、「NR(ニコチンアミド・リボシド)によるNAD補充が腫瘍の成長とがんの転移を抑制し、腫瘍を持つマウスの健康状態を改善する」と報告されています。特にNRによるNAD増強は、肝細胞がんの進行を防ぐ新しい戦略として注目されています。
一般外科医であり、トゥーレーン大学で初めての料理医学専門医として認定されたテリー・シンプソン博士は、「NAD代謝はがん細胞の生存にとって重要です。体内でNAD+を合成する上で非常に重要な酵素のNAMPTが関与するNAD合成経路を標的にすることが治療戦略として検討されています」と述べています。
NAMPTはNAD+生成に関わる遺伝子で、DNA修復に必要なすでに一度使われた物質を再利用して新しい物質を作る経路のサルベージ経路に関与しています。『Frontiers in Oncology』誌の研究では、NAMPTの過剰発現が複数のがん腫瘍で観察され、NAD+レベルの増加と組み合わさることで、がん細胞の増殖と生存を促進することが確認されています。
シンプソン博士は「NAMPTを阻害することでNADレベルを下げ、乳がん細胞の酸化ストレスやDNA損傷への感受性を高め、細胞の生存率を低下させることができます」と説明しています。
一方で、NAD補充は三重陰性乳がんの転移抑制に効果があることも示されています。シンプソン博士は、「NAD補助剤はがん患者、特に乳がん患者に有益な可能性がある一方で、腫瘍形成や転移のリスクを高める恐れもあり、慎重な対応が必要です。がん治療との相互作用も考慮するべきです」と述べています。
「これらのリスクを十分に理解し、がん患者におけるNAD調整の安全で効果的な戦略を確立するために、さらなる研究が必要です」と博士は付け加えています。
NAD+を自然に増加させる方法
NAD+のサプリメントについては、適切な摂取量や使用期間に関する研究がまだ不十分です。また、サプリメントは米国食品医薬品局(FDA)の規制対象外のため、ラベルの表示が内容と一致しないこともあります。ここでは、NAD+レベルを自然に増加させる方法をご紹介します。
ケトジェニックダイエット
糖質を極端に制限し、代わりに脂質を多く摂ることで、体がケトン体という物質をエネルギー源とするようにするダイエット方法は、体内でケトン体を生成し、NAD+を自然に補充する手段の一つです。ケトン体はグルコース(ブドウ糖)よりも効率的なエネルギー源で、細胞内のミトコンドリア機能を強化します。
『Frontiers in Cellular Neuroscience』に発表された研究では、ラットの脳内でケトン代謝がグルコース代謝よりもNAD+消費が少ないことが示されています。これにより、ケト・ダイエットを行うことで体内のNAD+レベルが維持される可能性があります。
断続的断食
断続的断食(インターミッテントファスティング)もNAD+レベルの増加に有効とされています。研究によれば、断続的断食はNAD+生成を促進し、長寿や健康効果に関連するサーチュインの活性化を助ける可能性があります。
シンプソン博士は、「カロリー制限や断食はNADの生成を高めるとともに、サーチュインやDNA修復の遺伝子発現の調節など、細胞の様々な機能に関わる酵素のグループであるPARPs(ポリ[ADP-リボース]ポリメラーゼ)によるNAD+の消費を抑えることで、体内のNAD+レベルを増加させます」と説明しています。
栄養によるNAD+レベルの増加
シンプソン博士によると、必須アミノ酸のトリプトファン(七面鳥、鶏肉、乳製品に含まれる)は、NAD+の新規合成の前駆体として役立ちます。また、ナイアシン(ビタミンB3)は肉や魚、全粒穀物に含まれており、特定の経路でNAD+に変換されます。
さらに、抗酸化物質であるレスベラトロール(ブドウや赤ワインに含まれる)はNAD+レベルの増加を促進する効果があるとされ、ケルセチン(リンゴやタマネギに含まれるフラボノイド)は、NAD+を分解するCD38という酵素を抑えることでNAD+を保護するとされています。
NAD+の前駆体は食事からも摂取可能です。『Current Nutrition Reports』によれば、NRやNMNは野菜、牛乳、肉類に含まれ、発酵飲料に含まれる微生物によって生成されることもあります。
運動によるNAD+レベルの増加
『Physiological Reports』に発表された研究によると、12週間のレジスタンス運動(筋肉に抵抗をかけて行う運動の総称)と有酸素運動を行った高齢者は、NAD+レベルの改善が見られました。シンプソン博士は、「運動や定期的な身体活動が、NAD+の生成に関わる酵素(NAMPTなど)の活動を高め、NAD+レベルを増加させることが確認されています」と述べています。
温度刺激によるNAD+レベルの増加
極端な温度に短時間さらされることは、NAD+レベルの増加に関連しています。例えば、サウナなどの高熱環境や冷水療法がNAD+を高める効果を持つとされています。
『Oxidative Medicine and Cellular Longevity』に発表されたレビューによると、冷水への曝露はNAD+の生成を活性化し、熱刺激はNAD+合成を助ける酵素の活性を高めてサーチュインの働きをサポートすることが、確認されています。
NAD+を減少させる要因
一方で、NAD+レベルを下げてしまう生活習慣もあります。NAD+を増やしたい場合、以下の点に注意が必要です。
睡眠習慣
規則正しい睡眠スケジュールを維持することはNAD+レベルの維持に役立ち、NAD代謝は概日リズムとも密接に関わっています。
アルコール摂取
過度のアルコール摂取はNAD+を減少させるため、控えることが望ましいとされています。
食生活
高脂肪・高糖質の食事(特に超加工食品を多く含む食事)は肝臓に負担をかけ、脂肪肝やNAD+レベルの低下を引き起こす可能性があります。また、過食や高カロリー摂取もNAD+の減少と関連しています。
NAD+が「若返りの秘薬」として広く認知されるにはさらなる研究が必要ですが、健康的な生活習慣によってNAD+レベルを保つことにはメリットがあります。高品質のNAD+前駆体サプリメントを活用する、あるいは医師や栄養士と相談しながら適切な方法を選ぶことも、長寿対策として検討する価値があるでしょう。
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