アングル:北朝鮮製つけまつげ、中国経由で輸出 収入の9割が金政権還流か
[ソウル/平度(中国) 3日 ロイター] – 昨年、謎に包まれた国家、北朝鮮からの輸出額が回復を見せた。貢献したのは、「中国製」として世界中の化粧品店で販売されている数百万ドル相当のつけまつげだ。
実際には北朝鮮で生産されたつけまつげの加工・包装は、同国にとって最大の貿易相手国である隣国、中国で公然と行われている。金正恩体制にとっては、国際的な経済制裁の抜け道として貴重な外貨獲得源だ。
ロイターはつけまつげ生産業界の15人をはじめ、貿易問題に詳しい弁護士や北朝鮮経済の専門家など計20人に取材した。明らかになったのは、中国拠点の企業が北朝鮮からの半製品を輸入して、中国製として仕上げ、包装するシステムだ。
貿易に直接関与する企業で働く8人の関係者によれば、完成したつけまつげ製品は西側諸国、日本、韓国などの市場に輸出される。
北朝鮮は以前からかつら・ウィッグや、マスカラは面倒だけれど目元を魅力的にしたい人々のためのつけまつげといった、毛髪加工製品の主要輸出国だった。だが新型コロナウイルスの感染拡大中に国境を閉鎖したため、同国からの輸出は急減してしまった。
通関書類や業界関係者4人の話によれば、中国経由での北朝鮮製つけまつげの貿易が本格的に再開されたのは2023年だという。
中国税関のデータでは、北朝鮮から中国への輸出は、国境の再開に伴い、2023年中に2倍以上に増加した。北朝鮮が公式に申告する輸出のほぼ全てが中国向けだ。
昨年、北朝鮮が申告した中国向け輸出の約60%をかつらとつけまつげが占めた。北朝鮮から中国に輸出されたつけまつげやつけひげ、かつらは合計1680トンで、約1億6700万ドル(約248億円)相当に上った。
2019年は現在よりも価格が安かったため、1829トンの輸出量に対し、輸出額はわずか3110万ドルだった。
米国務省や国際的な専門家らは、北朝鮮では国民の多くが貧困にあえいでいるが、人々の稼ぐ外貨収入の最大90%が国庫に入っていると推測している。ロイターでは、つけまつげの輸出額のうち、どの程度が金正恩政権に還流しているか、使途は何かを突き止めることができなかった。
「こうしたつけまつげ取引によって北朝鮮が得ている月数百万ドルの収益は、金正恩体制維持のために使われていると推測せざるを得ない」と語るのは、経済制裁に詳しいソウルの弁護士シン・トンチャン氏だ。
中国外務省の広報官は、中国・北朝鮮両国は「友好的な隣人」であり「合法的で国際的な規定を順守した通常の中朝間協力を、大げさに誇張すべきではない」と述べている。
<国連、米国による制裁>
国連安全保障理事会は2006年以来、北朝鮮による核兵器開発計画に歯止めをかけるため、同国による石炭、繊維製品、石油などの貿易を制限する10件以上の決議を採択した。国民の他国での就労についても厳しく制限している。
安保理が可決した制裁は、国連加盟国による執行が想定され、全ての加盟国が各々の立法措置を通じて執行することを義務付けられている。
だが経済制裁に詳しい専門家3人によると、毛髪加工製品に関しては直接的な禁止措置がないため、北朝鮮製つけまつげの取引は必ずしも国際法違反にはならないという。
ロイターでは取材結果を中国外務省に示したが、同省は「そうした状況は承知していない」としつつ、国連制裁に違反しているとの主張には「全く根拠がない」と回答した。
日本の外務省はロイターの取材結果についてはコメントを控えるとしつつ、北朝鮮との貿易を禁止している日本政府としては、同国に対する「最も効果的なアプローチ」を今後も検討していくと述べている。欧州連合(EU)の外交部門に北朝鮮製つけまつげが域内で販売されていることについてコメントを求めたが、回答は得られなかった。
米国は2008年以来、北朝鮮に対する独自の措置を個別に拡大しているが、その一環として、売却益が金正恩体制に流入するような製品の保管や販売を行う企業を制裁対象としている。これは米ドルを使用する米国以外の企業にも適用される制限だ。
だが国際制裁を専門とする2人の弁護士によれば、たとえば外国企業で、米国の金融システムを最低限しか利用せず、米国内の顧客に対する販売を主としていない場合には、米政府がこうした制裁を一方的に適用することには実務的かつ政治的な限界がある。
米財務省が一例として挙げるのは、2019年、北朝鮮産の素材を使用したつけまつげを意図せず販売していた米エルフ・コスメティックスと100万ドル近い金額で和解した件だ。
エルフの親会社は2019年に提出した文書の中で「通常の自主的な検査の中で」サプライヤー2社が北朝鮮産の素材を使っていたことが判明し、ただちにこの問題を調査したが「重大ではない」と判断したと述べている。
エルフはその後つけまつげの販売を中止しており、同社はこの記事のためにロイターに送付した声明の中で「合法的かつ責任ある製品製造に注力している」と強調した。
<中国は「世界のつけまつげ生産の中心地」>
業界関係者は、北朝鮮発のサプライチェーンにおける重要拠点として中国東部の都市、平度を挙げる。「つけまつげ生産の世界的中心地」を自称する町だ。
現地のつけまつげ加工会社、夢雪莉(モンシェリー)のオーナーであるワン・ティンティン氏によれば、同社をはじめ平度を拠点とする企業の多くは、主に北朝鮮で生産されたつけまつげの包装に従事している。モンシェリーでは製品を米国、ブラジル、ロシアに輸出している。
ワン氏は自社工場で受けたインタビューの中で、モンシェリーが家族経営の小工場から脱皮することができたのは北朝鮮製品のおかげだと語った。記録によれば、同社の創業は2015年だ。
「北朝鮮製の品質は抜きん出ている」とワン氏は述べ、同国製つけまつげを用いることについて、制裁関連で問題があるとは認識していないと話す。国外の顧客の具体名については明かさなかった。
平度では、複雑な流通経路の中で制裁が持つ意味を意識しているという声もあった。
ユムフイ・アイラッシュのオーナーであるガオ氏は「こうした制裁がなければ、(北朝鮮側としては)中国を経由して輸出する必要もなくなる」と語る。
<北朝鮮の貴重な外貨収入>
中国側工場の責任者3人は、中国メーカーが北朝鮮のつけまつげ工場と手を組むようになったのは2000年代初頭だと話す。北朝鮮側の人件費の安さと、製品の高い品質が決め手になったという。
箱入りのつけまつげを製造する中国メーカー、カリが自社サイトで公開している2023年の推定によれば、平度にあるつけまつげ工場の約80%が、北朝鮮からつけまつげの素材及び半製品を調達・加工しているという。
平度市の人口は約120万人。市当局は、世界のつけまつげ生産量のうち70%を同市が占めていると述べた。化学繊維を原材料とすることが多いが、ミンクの毛や人毛が使われることもある。
国境に近い中国の都市・吉林省琿春を拠点とする商社、アジアパシフィック・インターナショナル・ネットワーク・テクノロジーは、自社サイトで北朝鮮にあるつけまつげ加工工場3カ所の業務を紹介。従業員が紙に人毛を並べ作業をしている画像が添えられている。
同社の従業員に電話取材を試みたが、名前を明かそうとせず、コメントも拒否された。
ソウルで活動するビジネスマン、ジョニー・リー氏は、鶏の足の形をした、まつげエクステンションとして使われるつけまつげ製品を、中国北部の都市である丹東経由で韓国に輸入する業務に携わっている。
こうしたつけまつげは北朝鮮で製造され、中国で包装された上で、韓国国内で販売されるか、日本などのアジア諸国に輸出されるとリー氏は語る。リー氏はソウルに拠点を置く貿易グループの代表を務めており、西側諸国や韓国のまつげエクステの技術者も参加している。
リー氏が中国からのつけまつげ製品調達を始めたのは10年前。法的なリスクについて尋ねると、「半導体のようなハイテク製品」を売っているわけではないと語った。
韓国の法律では、輸入品の製造に複数の国が関与している場合には、その製品の「本質的な特性」が生じた場所を原産国と見なすと定められている。
ロイターでは韓国公認の税関事務代理人であるシン・ミンホ氏に、北朝鮮の労働者が製造し、中国で完成品として包装される状況を説明してみた。同氏は、原材料に「本質的な特性」を与えているのは北朝鮮であり、したがって原産国は北朝鮮とされる可能性が高いとの見解を明らかにした。
韓国税関は「北朝鮮製品を中国製と偽って輸入すれば処罰される可能性がある」と言うが、北朝鮮と中国の間のサプライチェーンに関するロイターの説明だけでは「(原産国の)判定は難しい」として、この件については調査していないと述べている。
<高い品質、安い人件費>
北朝鮮のつけまつげ製品の品質は高いが、同国労働者の給与は低い。中国側工場のオーナーや責任者4人によれば、北朝鮮の給与水準は中国の賃金の10分の1になる場合もあるという。
平度を拠点とするメーカー、コーラッシュでは新型コロナの感染拡大中、北朝鮮側での事業を休止した。責任者のワン氏によると、北朝鮮の労働者は給与の大半を国家に吸い上げられてしまうと語る。同氏はその根拠を示していない。
韓国のつけまつげブランド、シンデレラ・アミソリューションは通常、中国の貿易業者から北朝鮮の半製品を調達し、顧客に販売している。だが北朝鮮が国境を閉鎖している間は、契約先から北朝鮮製ではないサンプルが送られてきた。
チョイ・ジーウォン最高経営責任者は「これでは売り物にならないと思った」と語る。「北朝鮮製とはまったく別物だった」
(翻訳:エァクレーレン)