三千年の歴史を越えて「人はなぜ、お酢を摂るのか」

今回は「お」のお話です。
現代中国語に「吃醋(喫醋)」という言葉があります。字義だけを見ると「酢を食する」なのですが、中国語のなかでは「嫉妬する。やきもちを焼く」の意味で使われることがほとんどです。

「やきもち焼き」に使われたお酢

北宋の文人で陳慥(ちんぞう)という人がいました。この陳慥の妻である柳氏は、とんでもなく嫉妬深い女性でした。客好きの夫が友人を自宅に招いたとき、歓待のため宴席に芸妓を呼んだりすると、壁を叩いて大声をあげたそうです。

あまりの恐ろしさに客は逃げ帰ったといいますから、その狂乱ぶりは相当なものだったようです。陳慥の親友であった蘇軾(蘇東坡)が、この奥さんに対する陳慥の恐妻ぶりを、ユーモアを交えて詩文に入れた語句から、妻を怖がる意味の成語「河東獅吼(かとうしこう)」が生まれました。

また後世の別の書物に、この陳慥の妻に関する記載があり、彼女は「日に一瓶の酢を飲んだ」とあるので、酢という調味料の名前に、あまり嬉しくない「嫉妬ぶかい女」のイメージが付与されることになったわけです。

太宗も困り果てた嫉妬深さ

さらに余談ですが、「吃醋」を「ひどく嫉妬する」の意につかう源流は、宋よりもっと以前の唐から始まったという説もあります。

唐の第2代皇帝で中国史上最高の名君とされる太宗・李世民は、宰相である房玄齢(ぼうげんれい)に対し、その功績に報いるため数人の美女を授けようとしました。ところが、房玄齢は何度もこれを遠慮して、辞退し続けたのです。
後日、太宗は、房玄齢の妻である盧氏が、夫が皇帝から下賜されて妾(しょう)をもつことに嫉妬し、猛反対していることを知ります。

太宗は思案の末、妻の長孫皇后を通じて「皇恩優遇」の意味を盧氏に伝えましたが、盧氏は頑として同意しません。
太宗は再び、皇后を通じて盧氏に、「嫉妬を抱いたまま(君命に背いた罪で)死んだほうがいいのか。それとも嫉妬を捨てて、その命を留めるのか」と問いました。それでも盧氏は「いっそ嫉妬して死んだほうがましでございます」と答えます。

そこで太宗は部下に命じて、盧氏に1杯の毒酒を届けさせます。
勅命を受けた部下の口上は、「盧氏よ。それほど死にたいなら、この毒酒を飲め」です。宰相夫人である盧氏は、その口上を聞くと、黙って毒酒の盃を両手で上げ、一気に飲み干しました。

「房玄齢は、さぞ大変だろう」

さすがの太宗も、その報告を聞いて唖然とし、盧氏という嫉妬深い女に対して不気味さを覚えました。
太宗は、ため息をついて、こう言いました。
「朕でさえも、そのような女に会うのは気が引ける。まして房玄齢は、毎日顔を合わせているのだ。さぞや気苦労が多いことであろう」

盧氏が飲んだのは毒酒ではなく、普通の酒だったので死ぬことはありませんでした。『隋唐嘉話』には「酒を飲んだ」とだけ記載されており、酢は飲んでいません。
しかし後世、民間に伝わった俗説では、この逸話も「吃醋(やきもち)」の源流の一つになっています。太宗さえも苦手とした宰相夫人は、やはり名実ともに「悍婦(気性の激しい女)」だったのでしょう。

酢と医療の関係は「3000年前にさかのぼる」

さて、読者各位に楽しんでいただく余談は、このくらいにしましょう。本物の醋(酢)となると、その効能は実に多様なものです。
現存する文献によると、中国で酢を醸造する歴史は3000年以上にもなるとされています。古代中国において、醋は「酢(音はサク)」「醯」「苦酒」などと呼ばれていました。

周(B.C1046~B.C256)の頃には、すでに「酢人」つまり酢を造る技術者がいて、周王室のために酢を造っていたことが分かります。日本では、今でも「酢」の漢字を用いています。
酢は主として、もち米、コウリャン、うるち米、トウモロコシ、小麦などに糖類や酒類を用いて、発酵させて造ります。酢は昔も今も食物に不可欠な調味料であり、また養生や病気の治療においても、酢は非常に良い薬となります。

現存する中国最古の医学関係の文献で、馬王堆漢墓から出土した『五十二病方』には、漢方における酢の運用法が記述されています。これは戦国時代に書かれた52の病気の治療法を紹介する医学書で、そのうち17の治療法に酢が使われています。
漢方医学では、当時からすでに酢が瘡(きず)を治療するほか、解熱、解毒、散瘀(血の停滞を散らす)、止血などに効果があることを認識していました。

「産屋を酢酸で満たして出産」

漢方医から見た酢の効能を一言でいうなら、「毒を殺し、邪気を取り除き、血行を良くし、鬱血を散らす」です。
『神農本草経疎・酢』の記録によると、酢は「酢性酸温で、しかも無毒。膿瘡を取り除くことができ、体内の陰寒水気を追い払い、邪気を払って毒を殺す。食欲を促進し、肝臓を養い、筋骨を強くして骨を温める」など多くの効果があると言います。

祝い事には、宴会の接待は欠かせません。そんな時には脂っこい料理を多く食べたり、友人との集まりでお酒がすすみ酔いが回ったりするものですが、お酢を摂ることで消化を助けたり、酔いを覚ますことができます。また、お酢は邪気を払い、魚介やカニなどの毒素を取り除くと言われています。

かつては、妊婦が出産する時に、酢酸の香りを炊いて産室に満たしたものです。これは、出産を促すのに非常に役立ったと言います。
出産する際には、母体が損傷し、血が膨れ、血気によるめまいも起こります。あるいは出産に際して、妊婦以外の人が邪気にあたって卒倒したりもします。
こうしたことに備えて、盛んに火をつけて酢を焼き、酢の酸性を屋内に充満させるのです。そうすることによって、血気の運行を助けるとともに、妊婦や人々の意識をはっきりさせることができます。

本草綱目』にも記載されていますが、お酢は各種の腫れや瘡(かさ)、あるいは胸やお腹の痛みなどを治療することができます。お酢の酸性には、うっ血を散らし、毒気を取り除く効果もあります。

糖尿病や肥満の改善にも有効

現代の医学研究においても、酢は糖尿病や肥満を改善すると期待されています。
酢には抗酸化作用、糖尿病の改善、高血中脂質高血圧の改善、さらには心血管疾患の予防にも効果があると言われています。さらに、酢には脳の認知機能を改善する働きがあるという研究者もいます。

米国で出版されている糖尿病専門の月刊誌『Diabetes Care』に掲載された研究によると、酢がインスリン感受性を高め、2型糖尿病を改善することが示されています。
実験では、2型糖尿病患者の19%でインスリン感受性が向上し、糖尿病予備群の34%で改善が見られました。近年、多くのヒトと動物の研究でも、「酢は糖尿病を改善することができ、糖尿病治療の一助になるかもしれない」とされています。

 

現代の医学研究においても、酢は糖尿病を改善し、血圧を下げ、血中脂質を下げるなどの効果があることが知られています。(Shutterstock)

「注意したい人」もいるのでご注意を

酢は、減量にも役立ちます。
米国の研究者が、こんな実験をしました。あるグループの参加者に毎日20ccの赤酢を飲んでもらいます。飲食は、特に制限しません。4週間後に測定してみると、彼らの体重は減少していました。別のグループは、同じく20ccのクランベリージュースを毎日飲んでいましたが、4週間後の体重は増加していました。
この結果について専門家は、「お酢が食欲を抑え、満腹感を高めるとともに、食後の血糖上昇をゆるやかにするためだろう」と見ています。

このように、酢酸は血中脂質や血圧を下げるとともに、慢性病を予防し、寿命を延ばす効果があります。
しかし、以下の2種類に該当する人は、酢を摂取する際は注意が必要です。

1、筋肉に何らかの異常が見られる人
手足の筋肉が痙攣しやすい、手足の曲げ伸ばしに不便があるなどの人は、酢を多く摂取することは適当ではありません。

2、脾臓の悪い人
酸味のあるものを多く食べると肝気は良くなりますが、脾気(脾臓の気)には良くありません。脾臓の悪い人も、酢を多く摂ることは控えるべきです。

(文・洪熙/翻訳編集・鳥飼聡)