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チベットの光(33) 砂を入れるポケット

 師母はウェンシーの背中の創口を見ると忍びなく、実際心が痛んだので、すぐに「このことは師父に報告します」と言うなり、師父を探しに行った。

 「ラマ!あの怪力の子は可哀そうです。長年に渡って、絶えず工事をさせられ、手足に傷を創り、背中には三つも大きなできものができています。裂傷があります。その中の一つは膿の塊が三つもあって三か所から流れ出て、背中全体が糊状のようになり、見るに忍びないものです。前に、家畜ロバが荷物を過重に背負って、長時間に及ぶと、背中にできもの創口ができると聞き及びましたが、人の背中にできもの創口ができるなんて聞いたこともありません。まして、自分の目で見るなんて、思ったこともないわ。ご自分の目で実際にご覧になるといいんだわ」師母はラマに懇願した。「ラマ!あの子が可哀そうです。あなたは以前、工事が済んだら法を伝えるとおっしゃらなかったかしら?もう工事は済んだのだから、早く法を伝えてあげてください」

 「たしかにわしは工事が無事済んだら法を伝えると言った。しかし、それは十層建ての建築ができたらの話で、そんなものがどこにあるのだ?」と師父は聞き返した。

 「あの客店の城楼は、十層建てのものよりさらに大きいのでは?」と師母は答えた。

 「あんたはぺらぺらと囀る必要はない!わたしが何を言おうと、十層建ての建築が出来たら、法を伝えるのだ」と師父は眉を顰めて遮った。師母は実際、師父を諭すことや挽回することは無理だと分かっていたし、師父の勘気も理解していたので、彼を説得する方法も見当たらなかった。彼女が諦めて去ろうと身を翻したとき、師父の声が背後から響いた。

 「よろしい。あなたが今言った、怪力君の背中の傷はどのような具合なのだ。そんなにも大きいのか?」

 「背中全体が潰瘍創口になっています」。母が悲しそうに答えた。「背中全体が爛れて糊のようになっています。誰がみても忍びないものだわ。実際ご自分でご覧になってみたらいい!本当に可哀そうだわ」

 師父はこれを聴くなり、階段を駆け上がって叫んだ。「おい怪力君!ちょっときたまえ!」

 ウェンシーは師父の声を聴くと、心中で今度は法を伝えてくれるのだと期待し、急いで師父の元へと馳せ参じた。

 「怪力君!ちょっと背中の傷を見せてくれるか?」

 ウェンシーがいそいそと上衣を脱いで背中の創口を師父に見せると、師父はそれを仔細に観察して言った。「ノノバ尊者は、十二大苦行と十二小苦行を経たが、それに比べればそんな傷など何でもない。わしだって命懸けで全財産をなげうってインドで苦行して正法を得たのだ。もしおまえもまた正法を求めるなら、そんな小さなことで大騒ぎしてはいかん。そんな背中の傷なぞ、何でもないから、早くまた工事に戻ってくれ」

 ウェンシーはこれを聴くと、心の中で思った。「師父の話は実際間違ってはいない。こんな背中の傷なんて、何でもないぞ」

 師父はウェンシーの上衣に大きなポケットを幾つかしつらえて、彼に言った。「馬やロバが背中に傷ができると、こうしてポケットのなかに物を入れて運ぶのだ。こうしてポケットをつくってやったから、おまえもこのなかに砂や石をいれたらいい」

 「このポケットは背中の傷に何か役立つのですか?」ウェンシーが興味深げに訊いた。

 「勿論役に立つとも!こうしてポケットに入れれば、砂が背中の傷に粘りつかないじゃないか」

 ウェンシーはこのポケットが役に立つかについては懐疑的ではあったが、何しろ師父の言うことなので、やるかたなく、痛みに堪えて、また山の麓から砂をポケットに入れては、山頂まで運びあげたのだった。

 

(続く)

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