(Eleephotography/Creative Commons)

チベットの光 (29) 十階建ての僧坊

「師父…」ウェンシーはこの二文字を言おうとしたが、すぐに呑み込んだ。彼は本来、背中の傷を師父に見せたかったのだが、思いを馳せれば師父に罵られた事ばかりが想起され、やるかたなく一切の不満は肚の内に仕舞い込んだのだ。

 師父が去ってしばらくすると、師母が食べ物を持ってウェンシーのもとへやってきた。彼女は、この一見馬鹿のように見える、怪力の弟子を特別に可愛がった。師父がどのように不合理な要求を彼に出そうとも、文句ひとつ言わずに黙々と師父に代わってやり抜き、師父がどのようなことを言おうとも、やり抜いたからであった。この若者を見ると、誰もが好感をもち、愛情を持って惜しまず、師母もこれまでこのような弟子を受け入れたことがなかった。

 ウェンシーは師母を見ると、堪らずに涙が溢れてきた。ここでは身寄りもなく、師母だけが実の母親のように唯一の精神的な慰めであった。彼にとって、師父がまた建物を壊せと命じたこと、背中の傷が堪え難いことが思い起こされ、背中の傷を師母に見せたかったのが、故意に密告しているかのように思われたので、それを忍んで言わず、ただ師父が法を伝えてくれるようにとせがんだ。

▶ 続きを読む
関連記事
紀元前6世紀のアテナイで、深刻な貧富の格差から生じた負債奴隷の危機を救った伝説の政治家ソロン。独裁を拒み、富裕層と貧困層の「共通の盾」として中庸を貫いた彼の法改革と、正義を重んじた生涯を解説
魚に含まれるオメガ3脂肪酸やコリンは、子どもの脳や行動の発達に関わる可能性があります。研究結果と注意点、食べやすくする工夫をあわせて紹介します。
その不調、実はストレスではなく神経のサインかも?闘争・逃走モードにとらわれた体が発する9つの兆候と、気づくためのヒントをやさしく解説します。
子どもに本物の芸術体験を――その第一歩は家庭から。日常の中で無理なく文化に触れられる8つのアイデアを通して、感性と好奇心を育てるヒントを紹介します。
ふとした笑いやユーモアが、気持ちを軽くし、人とのつながりを保つ助けになることがあります。ただし、その使い方には少し注意も必要なようです。