チベットの光 (29) 十階建ての僧坊
「師父…」ウェンシーはこの二文字を言おうとしたが、すぐに呑み込んだ。彼は本来、背中の傷を師父に見せたかったのだが、思いを馳せれば師父に罵られた事ばかりが想起され、やるかたなく一切の不満は肚の内に仕舞い込んだのだ。
師父が去ってしばらくすると、師母が食べ物を持ってウェンシーのもとへやってきた。彼女は、この一見馬鹿のように見える、怪力の弟子を特別に可愛がった。師父がどのように不合理な要求を彼に出そうとも、文句ひとつ言わずに黙々と師父に代わってやり抜き、師父がどのようなことを言おうとも、やり抜いたからであった。この若者を見ると、誰もが好感をもち、愛情を持って惜しまず、師母もこれまでこのような弟子を受け入れたことがなかった。
ウェンシーは師母を見ると、堪らずに涙が溢れてきた。ここでは身寄りもなく、師母だけが実の母親のように唯一の精神的な慰めであった。彼にとって、師父がまた建物を壊せと命じたこと、背中の傷が堪え難いことが思い起こされ、背中の傷を師母に見せたかったのが、故意に密告しているかのように思われたので、それを忍んで言わず、ただ師父が法を伝えてくれるようにとせがんだ。
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