人間に「自由意思」はあるのか
「運命」という言葉があります。仕事、結婚、住む場所…。それは自分の意思で決めているのでしょうか、それともすでに決まっているのでしょうか?日々の自分の行動は、本当に自分の意思で決めているのでしょうか?人間の「自由意志」という哲学的な問題について、3人の科学者たちの見解をご紹介します。
1. 神経科学者-自分の意思より先に、脳がすでに決定している
オックスフォードの数学者マーカス・デュ・ソートイ教授は、人間に「自由意思」はないと考える。自分が何をしようかと意識するより前に、すでに脳が本人の意思情報をキャッチし、人間を活動させているというのだ。
彼は、自分の脳をスキャンするという、最もシンプルなテストを実施した。両手にボタンを持ち、ある時は右手で押し、ある時は左手で押す。その一瞬の決定は、彼の意思によるものか、それとも脳が彼を動かしているのか。脳スキャンを見れば、それが一目瞭然だとソートイ教授は考えた。
すると、意外な結果が出た。ソートイ教授がどちらにするのかという「決定」を意識する6秒も前に、すでに彼の脳の一部が活発になったのだ。ソートイ教授が左手を選ぼうとすると、その前にある部分の脳が活発になり、右手を選ぼうとすると、すでに別の部分が活発になっているという。
ソートイ教授によれば、彼は自分が意思をコントロールしていないように感じるという。なぜならば、彼自身が何かを示唆する前に、すでにその脳の部分がどちらにするのかを決定しているからだ。
2. 物理学者―人生には不確かな部分がある
哲学の世界には、決定論と非決定論という二つの相反する理論がある。決定論というのは、人間の行為をも含めて あらゆる事象、出来事がなんらかの原因によってあらかじめ決められているとする考え方。「神はサイコロを振らない」と言ったアインシュタインが擁護した概念だ。
それに対し、物理学者のミチオ・カク氏は決定論に対して異論を唱える。アインシュタインの考え方に従えば、大量虐殺者でさえもすでに何百年も前から決まっていることになる。
カク氏は、「アインシュタインは間違っている」と言う。「電子を見ると、それはいつも動いている。電子の位置に関して言えば、不確実性がある」と話す。
カク氏によれば、人間も同様に不確実性がある。カク氏は、「自分の過去をベースにして、誰も、自分の未来を決定することはできない」と話す。
3. 「必然」というより、「避けられなかった」というべき―哲学者
アメリカの哲学者であり、認知科学者のダニエル・クレメント・デネット氏(Daniel Clement Dennett)は、決定論は常に「必然」という言葉と密接に繋がっていると考える。
デネット氏によれば、「必然」とはつまり、「避けられないこと」。彼は、必然に見える事象について、次のように考える。例えば、人間は、自分に向けて投げられた石とか槍とかをとっさによけることはできても、落雷は避けられないかもしれない。これらの現象を「必然」と「偶然」に分けることができるとすれば、全てが「必然」とは言えないのではないか。
デネット氏は、自由意志があるのか、また未来はすでに決定されているのかについては、いまだパラドックスが存在すると話している。
(翻訳編集・郭丹丹)