【伝統を受け継ぐ】手漉(す)き和紙 名塩紙
【大紀元日本2月27日】名塩は兵庫県西宮市の北端、名塩川に沿った山間の集落である。かつては「名塩千軒」と呼ばれるほど紙漉(す)きの盛んな土地だったというが、現在、残るのは2軒のみとなった。その1軒が谷徳製紙所である。
名塩に紙漉き技術が伝わったのは、1600年頃といわれる。米作に向かない寒村、名塩村の東山弥右衛門という若者が越前(現福井県)へ出向き、苦心の末、越前の紙漉き技術を持ち帰り、さらに名塩でとれる泥土を混ぜて漉くという名塩特有の技法を開発した。その良質の紙は大いに珍重され、名塩は紙漉きの村として栄えた。名塩紙漉きの始まりについては、諸説あるが、当時、紙漉きのような生産技術は門外不出であり、他所者がそれを習得することは至難の業であった。水上勉はこの話に想を得て「名塩川」という小説を残している。
和紙の三大原料は、楮(こうぞ)、三俣(みつまた)、雁皮(がんぴ)である。それぞれの特長について、民藝運動を起こした柳宋悦は次のように表現している。
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