【大紀元日本12月12日】昔、貧家の年越しは大変だったらしい。一年最後の大つごもり(大晦日)には、その年の借金を返さねばならないからだ。
樋口一葉の短編「大つごもり」は、そのような特別な日を前にして緊迫する娘の心理を細やかに描写した秀作であろう。
これがなかなかサスペンス小説かと思うほど、読みながら、はらはらするのである。
貧しくも心優しい十八の娘・お峯は、山村家で奉公している。亡き両親に代わってお峯の支えになってくれた伯父が、高利貸しから十円の借金をしてしまう。大つごもりには、利息の二円だけでも返さなければならない。お峯は、山村家から二円を借りてくると伯父に約束する。しかし、それを山村家に言い出すことができない。ついに引き出しの中にあった二十円から二円を盗んでしまうお峯。そのことが発覚しそうになり、伯父に迷惑をかけないため、お峯は自殺することまで決意する。ところが、山村家の放蕩息子である石之助が引き出しに残った十八円を盗み出していたために、お峯は咎められずに済んだ。
さて、これだけでは小説として全く面白くない。やはり天才女流作家・樋口一葉は、文中に隠し玉を入れていたのである。
お峯が引き出しから二円を抜き取り、その金を受取りに来た伯父の息子の三之助に渡す場面は、こう描かれている。
「かねて見置きし硯の引出しより、束のうちを唯二枚、つかみし後は夢とも現とも知らず、三之助に渡して帰したる始終を、見し人なしと思へるは愚かや」
見し人なしと思へるは愚かや、つまり「見ていた人がいた」のである。読者は、ここではっと気がつく。見ていたのは、炬燵で寝ていた(はずの)若旦那つまり放蕩息子の石之助であったらしい。ならば石之助は、お峯をかばうために、残りの金を自分が持ち出したのか。なるほど、書き置きの文言は「引出しの分も拝借致し候 石之助」であり、金額は記していない。
その結末を、一葉は「後の事しりたや」とわざとぼやかしている。叶うものならば、この二十四歳の若さで逝った美しき天才に直接会って、真偽のほどを少しだけ聞いてみたい。
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