就学前(1989~1992年) 「No 」と 「ダメ」
子供が自力で動き回るようになれば、当然危ないことにでくわす。ハイハイが始まったら、ストーブに手を近づけないように恐い顔をして「ダメ」と言い、子供の身を守る。躾の面でも「ダメでしょ」「早く寝なさい」「歯を磨きなさい」と、親から子へのメッセージは、上から下への命令口調になりがちだ。
ある時、私が命令口調で「こうしなさい」と言ったら、「ダメ」という言葉が返ってきた。なんでこのチビに私が叱りつけられなければならないの?とカチンときたのだが、これは英語の「No」のつもりで言っているんだということにハッと気付いた。本来は「いや」と言って欲しいところだが、私が娘に「いや」という言葉を使う機会は日常生活では存在しない。本人が耳にしたことのない言葉を期待するほうが間違っている。「ダメ」じゃなくて「いや」でしょ、と言葉の使い方を直していくしかない。
まわりに日本語を話す同じ立場の仲間がいれば、つまり兄弟か友だちがいれば「いや」の連発を耳にすることもあるのだろうが、うちの場合は集団社会のない1対1の日本語環境だ。「ダメ」と「いや」の使い分けは、自然に培われることがない。娘の口から出た「ダメ」の一言で、 日本語に染み込んでいる縦社会のニュアンスを痛感した。
縦社会のニュアンスと言えば、英語や中国語と違い、日本語は、自分をどう呼称するかで相手との縦関係を決定する。英語にも相手を尊重する丁寧な言葉遣いはあるが、基本的に「you」と「I」は対等関係だ。因みに日本語の類語辞典を引くと「I」にあたる自称は、「わたし」「あたい」「わい」「あっし」「ぼく」「おれ」「こっち」「わい」など25個並び、へりくだった言い方は「手前」「小生」「拙者」とさらに12個あった。「you」にあたる対称は「あなた」「あんた」「貴殿」「お宅」などが19個で、目下に対する「きみ」「きさま」「おまえ」などはさらに9個。 映画の字幕や吹き替えなどでは、登場人物のキャラクターに合わせて、自称と他称を選ぶのが決め手になるというのをどこかで読んだ記憶がある。日本語の人間関係は実に微妙だ。
(続く)
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