【神韻公演Q&A】中国でみる古典舞踊とどう違うの?

【大紀元日本12月27日】

Q: 以前中国へ旅行に行ったとき、古典舞踊を見たことがあります。踊りが上手で、とてもすばらしいと思ったのですが、神韻公演の古典舞踊はそれと何が違うのですか?

A: 観る人に与える感動が違います。

神韻公演を見た人の多くは、興奮気味に「すばらしい!」「もう一度観たい!」と語り、公演の途中で感動に涙する人も少なくありません。

なぜでしょうか?

舞踊に限らず、人の演じるパフォーマンスは、同じものを演じても、中に込められる魂が異なれば、観る人に与える感動は全く違ったものになります。平たく言えば、心がこもっているかどうかということです。

神韻公演のチラシにあるように、神韻芸術団は「団員に法輪功(ファールンゴン)を修煉する芸術家がいることを誇り」にしています。

法輪功は、体の修煉に加えて、「真・善・忍」の法理に従って心の修煉を重んじる気功です。日々その修煉を行っている団員たちは、舞踊や歌の厳しい訓練にも難なく耐えることができますし、何よりも心に雑念がなくピュアーな気持ちでパフォーマンスを行うことができるため、観る人の心も研ぎ澄まされます。

その人たちの影響で、団全体の公演がすばらしいものになっているということです。

また、神韻芸術団が目指しているのは、神が伝えたといわれる中国の伝統文化の再現であり、団員はみな崇高な心構えで学習と訓練に励んでいます。日々純粋な伝統文化の精髄に接している彼らによって生み出される舞踊や歌は、自ずと崇高なエネルギーを発し、観衆に感動を与えることになるのです。

無神論を唱える中国共産党政権下にある劇団には、その心の部分まではなかなかまねができません。

(T.O.)

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