中国当局は大地震の予兆を把握していたのか=記者会見で深まる疑惑

【大紀元日本5月14日】12日に発生した四川大地震の被災地域は悲惨な状況下に置かれている。市中では中国国家地震局が地震発生前に民衆による予知警告を受け取っていたが、北京五輪中の社会安定維持要求に基づき、これらの発表が禁じられていたという噂が流れている。このような疑問に対し、同局職員はこの日開かれた記者会見においても直接的な回答を全て回避していたという。

中央社の報道によると、中国国務院報道事務室が13日開いた記者会見では、中国民政部副部長・羅平飛氏、中国地震局ニューススポークスマン・張宏衛氏、中国民政部被災者救災局局長・王振耀氏、中国地震台網センター副主任・張暁東氏などが記者の質問に答えた。

最初に質問した「シンガポール連合早報」の記者は、彼らが受けた四川省地震局職員7人の訴えを示し、これらの職員が数日前に地震の予兆に気付いたが局では五輪前の安全保障のためにこの情報を発表することは禁じられていたということを指摘した。

これに対し張宏衛氏は「この推測は道理に合わない」と答えた。続いて張暁東氏が地震予測は「世界の難題」と回避。

記者会見では最後に中国「成都商報」の記者が再度質問した。中国地震局と各クラスの地震局の重要な職責と機能は地震予測である。今回の地震についての予測ネット上で何か予兆があったか、或いは人々が話していた地下水異常、動物の異常、或いは専門の地震指標、もしこれらの指標が予報警告発表の基準に達しない場合、一体基準はどのようなものになるのか。

結果、張暁東氏は地震予測が非常に複雑であることを理由として質問をかわした。

「成都商報」記者はさらに、今回の前兆は観測できていたのかを尋ねた。

張暁東氏の回答は、「たった今話したように前兆と地震の関係ははっきりしたものではない。もしこの前兆がはっきりした後なら、地震予報は難関を突破しただろう」であった。

同氏がこれらの質問に回答した時、記者会見会場にいた他の中国メディア関係者らは無言で首を横に振っていたという。

(翻訳・坂本、編集・藤川)
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