ファンタジー:個人タクシー「金遁雲」の冒険独白(9-3)
【大紀元日本8月25日】「おまえごときには、そう易々とやられないぞ!!」と手元を見たが、肝心の如意棒がない。「おまえの探しているのは、これですか!?」 なんと桃仙女がそれを手にして仁王立ちしている。ここで圧倒的な実力の差を思い知ることになった。仙女が「えいっ」とばかりに如意棒を振ると、それはズンと拡大伸張して、袈裟斬りとばかりに私の首筋をしたたかに打った。私の元神は痺れ、失神し昏倒した。
気が付くと、私は檻の中に居た。まだ猪に食われずに済んだらしい。柵の外では、豚男がクンクンと鼻を鳴らしながら、食事の時を待ちわびている様子だ。仙女は静かにしかし厳かに、「・・・あなたのことは、天界報で詳しく調べました・・なんでも中原の峨眉山で性命双修に成功したとか・・なるほど、霊体が見事に凝っていて、猪の生餌にするには忍びないオトコのようです・・」と語った。ここまではよかったが、仙女はすかさず、「しかし、神桃を盗もうとしたことは確かです・・よって六万年の禁固刑を言いつけます!!」と言い放った。
私は慌てて「ま・・待ってください!いくら高級神世界の時間がはやく流れるからといって、ろ、ろ、六万年は困ります・・あ、そうだ!!ここは豚オトコ以外に男手がありませんでしたね!私を警備員として使ってみませんか?腕は立ちます・・なんせ太極拳の張サンポウとは大の朋友ですから・・」と売り込みに出てみた。禁固刑より懲役刑の方が、解放も早いと思ったからだ。
仙女は、左腿を右腿に載せ、しばし右手の人差し指を顎に当てて、弥勒様のように沈思黙考すると、「・・分かりました。懲役刑に切り替えましょう・・猪と一緒に下働きをしなさい!」。それからは、私は、桃園の雑草とり、草刈り、肥料の世話、受粉、取り入れなど、仙女の下で忙しく扱き使われた。しかし、下界と違う所は、大氣が特別に濃いせいだろうか、いくら働いても疲れを感じない。
そんなこんなで三万年が過ぎた頃だろうか・・如意棒を手に桃園で警備をしていると、でっぷりとした脂肪腹をせり出して、乞食入道がやってきた。正体もなく近づいて来る。「・・・やいっ!この乞食入道!ここは、桃仙女様が管理する所だ!お前なぞ来る所じゃないぞ!あっちに行け!」と力んでみたものの、霊筋肉に力が全く入らず、不思議なことに如意棒を持ち上げることすらできない。
入道は「加、加、加」と豪快に笑いながら、剃りこんだ頭を撫でつつ、みるみる顔を私に近づけて、団栗眼でじっと私の双眸を見つめている。息が檸檬のようないい香気を放っている。すると「・・寿命天定・・誰也不動・・」(寿命は天の定め、誰かまたこれを動かせるや)と言って来た。私は金縛り状態なのに気付き、「えいっ」とばかりに「・・我有天命・・見義做完・・」(我に天命あり、義を見てやり遂げん)とばかりに切り返した。すると、入道は「ボン!」とばかりに雲散霧消してしまった。
程なくして、私は桃仙女様に呼ばれた。「・・・あなたは、もう既にこの桃園でよく尽くし、徳が満ちました・・よって」と言うので、さっき乞食入道を撃退したと鼻高々に報告すると、みるみる仙女の眉間の皺が深くなり、「この大ばか者!・・その方こそ、この寿老人神世界の主宰者の方です!・・しかし、その応対は、正着で機転の利いたものでした」と言って、極小さな赤黒い李(すもも)をくれた。私は、礼を述べると、それを手にして勇躍して元神を功柱沿いに降ろし、人間世界の肉体に戻った。
気が付くと、私は外苑内の金遁雲号の中であった。外は、すっかり夜の帳が下りている。「コツコツ」と車窓を叩くものがいるので、開けると果たして、それは婦警姿の猫の目女であった。「・・・三日間の違法駐車で一万五千円頂くニャ~・・」、手の中を探るとジットリと汗ばんだ掌の中に確かに赤黒い李があった。「成功だ!」、私は猫の目女とともにKO病院へと急いだ。
病院の内科病棟に着くと、冴えない顔色をした入院患者がうろうろしている。ことに、くだんの棋士は、青黒く死期が近づいて居る様子だ。そばには、内縁の妻が付き添っている。「朝からもどしてばっかりで・・何も口にできていません・・もう駄目かも・・」と肩を落としている。「・・・いや、ではこの李を試してみてください・・この世の味ではないかもしれませんよ・・」と一口、棋士に齧らせた。
すると棋士の顔に一瞬だが赤みが挿した。「・・・あれ、幸子・・・何か変だぞ・・・全く胸焼けがしない・・」と言うなり、一気に全部食べてしまった。「・・張先生ありがとうございました・・何か、本当にこの世の果物でないような気がしましたが・・これは一体???・・」と聞くので、「寿老人神世界から採ってきました!」と正直に言うと、大部屋の病人たちが一様に「ははは~」と力なく破顔一笑した。
それから暫くして猫の目女の妖怪携帯に、「・・・棋士全快・・プロテスト合格・・慶祝結婚・・」の報告が入った。「柔肌の・・熱き血潮に触れもみで・・・」と猫の目女が、謎めいた瞳で言い出すので、「・・我有天命・・見義做完・・」と切り返すと、向こう脛をしたたか蹴り上げられた。